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債権回収はケースバイケースではなくルール化が必要

債権回収はルール化して画一処理が必要
債権回収という業務は、企業規模を問わず必ず発生するにもかかわらず、扱いが担当者の経験や判断に大きく左右されがちな領域です。債権はそれぞれ発生原因や相手方の属性、金額、取引経緯などに個別性があるため、「ケースバイケースで考えるべきだ」という考え方自体は一見もっともらしく聞こえます。そのため、特に創業初期の企業や少人数で運営している組織では、1件ずつ状況を見て担当者が柔軟に判断して処理するということも珍しくありません。むしろ、組織が小さい段階であれば、実際に個別判断が最適に機能することもあります。
しかし、企業がある程度の規模に達すると、債権が一定の件数で常に発生し続けるようになり、そのすべてを1件ずつ考えて処理するには限界が生じます。担当者が増えても、判断基準にばらつきが出てしまえば管理の整合性が保てず、回収漏れや対応遅れを生み出す危険性が高まります。また「経験がないと判断できない」状態は人材育成にも大きな障壁となり、担当者の異動や退職でノウハウが失われるリスクも抱えることになります。
このような背景から、成熟した企業ほど債権回収においてはルール化・マニュアル化を重視します。ルール化によって、非熟練の担当者でも一定水準の業務を再現できるようになり、誰が担当しても同じ判断と同じ処理結果に到達する状態が整います。もちろん、完全な機械的処理にするという意味ではなく、まずは基本となる判断基準や処理フローを明文化し、その基準ラインに沿って画一処理を行うことが前提になります。その上で限られた範囲だけを個別判断とする方が、企業全体としてははるかに合理的で、リスク管理の観点からも望ましいと言えます。
そこで本稿では、こうした観点から債権回収をルール化する際の基本的な手順や考え方について解説します。ルール化は一度取り組めば永続的に機能するものではなく、企業の取引構造やリスクの変化に応じて定期的に見直す必要があります。しかし、最初の基盤を固めることで、企業の債権管理は大きく効率化され、担当者の負担も軽減されます。まずは、どの企業でも必ず行うべき基礎的なところから整理していくことが重要です。
年輪調べは基本中の基本
債権回収のルール化を進めるうえで、最初に行うべき作業が「年輪調べ」です。年輪調べとは、各債権がどれだけの期間滞留しているのか、すなわち本来の弁済期からどれだけの年月が経過しているかを正確に把握する作業を指します。この滞留期間の把握は、債権管理における最も基本的でありながら重要な指標であり、これを実施していない企業は債権回収の適正化に着手していないと言っても過言ではありません。
年輪調べに必要な情報は決して多くありません。本来の弁済期が分かるデータさえあれば、滞留期間は自動的に算出できます。つまり、必要なのは取引管理の基本データの整備であり、特別な分析スキルを要する作業ではないです。それにもかかわらず、実務では「支払遅れがあるのはわかっているが、どれがどれだけ遅れているのかまでは正確に把握していない」という企業が少なくありません。これは、売上管理と債権管理が別々に運用されていたり、担当者レベルでの経験頼みの運用が続いていたりすることが主な原因です。
滞留期間は長ければ長いほど貸倒リスクが高まります。これは統計的にも実務的にも一貫した傾向で、支払遅延が長引いている債権ほど将来的な回収可能性は低下していきます。したがって、滞留期間を基準に分類・区分するという作業は、債権回収業務全体の優先順位づけを行ううえで極めて重要な役割を果たします。また、貸倒処理に関するルールも、この滞留期間を軸に設定する企業が多く見られます。例えば、滞留が1年以上であれば回収方針を見直し、2年以上であれば法的手続検討、3年以上であれば貸倒処理基準に該当する、というような基準を定めるケースです。
年輪調べは単に「古い債権を捨てるための作業」ではありません。むしろ、どの債権にどれだけのリスクがあるのかを見える化し、優先順位を設定するための重要な基礎作業です。これを定期的に実施することで、債権管理は一段と精度が高まり、担当者の判断負担も軽減されます。年輪調べを行うことは、ルール化の第一歩として欠かせない要素なのです。
債権の種類毎に年数を設定する
滞留期間を把握した後は、債権回収の判断基準をより具体的にするために、債権の種類ごとに対応すべき年数や回収方針を設定する必要があります。債権には発生原因も性質も大きく異なるものが含まれます。例えば売掛金、貸付金、未収入金、立替金など、同じ「債権」と一括りにしてもその背景は千差万別です。したがって「何年滞留したら貸倒処理」という単純な一律ルールでは実態に即した運用ができません。
例えば、飲食店のツケや個人病院の診療代などは少額の債権が多く、取引がカジュアルであるぶん支払いが曖昧になりやすい特性があります。こうした債権は1年も経過すれば回収可能性が大きく低下するため、1年程度で貸倒処理の対象とすることも現実的です。むしろ、少額債権について長期間にわたり管理コストをかけ続けることは非効率であり、費用対効果の観点からも早めに回収可否を判断する方が合理的です。
一方で、比較的高額の貸付金などは性質が異なります。貸付金は契約関係が明確であり、相手の資力や背景事情により回収可能性が左右されることが多く、たとえ相手が無資力であっても、裁判で勝訴判決を得ることで時効を更新し、長期間にわたって回収を試みることも可能です。この場合、単純に滞留期間だけで処理方針を決めるのではなく、訴訟可能性や資力調査の結果を踏まえ、一般の売掛金とは異なる年数基準を設定することが合理的です。
また、継続取引の有無も重要な判断要素となります。継続的に取引があり、今後の関係性維持が重要な顧客に対しては、単に滞留期間だけで判断するのではなく、回収方針を柔軟に設定するべき場合もあります。いずれにしても、債権の性質と取引の背景を踏まえて、種類ごとの年数基準を整備することが、債権回収ルール化の根幹となります。
優先度に応じた柔軟な対応を
ルール化が重要である一方、実際の債権回収では柔軟な対応も欠かせません。債権の回収は「金額」「回収可能性」「タイミング」という3つの要素が作用し、それらが絶えず変動していく性質があります。特にタイミングは回収成果を大きく左右する要素の一つです。
例えば、普段は連絡しても全く応じない債務者が、ある時突然譲歩の姿勢を見せることがあります。この瞬間を逃さず適切に交渉することができれば、本来回収困難と思われていた債権であっても一定の額を回収できる場合があります。ルールだけに依拠して「この債権は今月は手を付けない」と判断してしまえば、せっかくの回収機会を逃してしまうことになりかねません。
また、金額の大小だけで債権回収の優先順位を決めることも必ずしも正解ではありません。例えば少額であっても確実に回収できる債権が複数ある場合、それらを優先して処理することでキャッシュフローの改善に直結するケースがあります。逆に高額債権であっても、相手が無資力で状況に変化がない場合は、時間やコストをかけても意味がないことがあります。
柔軟な対応とは、ルールを無視することではありません。むしろ、ルールを基礎としながら、例外的なチャンスが訪れたときにその機を逃さず適切に優先順位を組み替えることが重要であるということです。これは経験値だけで行うものではなく、日々の債権状況を正確に把握し、状況変化が起きた債権を迅速に認識できる仕組みがなければ実現できません。ルールに固執しすぎず、しかしルールを軽視もしないというバランス感覚こそ、組織的な債権管理に求められる姿勢と言えます。
弁護士との協議
債権回収のなかには、通常の営業部門や経理部門だけでは対応が難しいケースも存在します。金額が大きかったり、債務者が特殊であったり、相手方の意図が読みにくかったりする場合は、弁護士の活用が非常に有効です。弁護士を介入させることで、単なる請求では得られない交渉力が生まれ、有利な和解条件を引き出せる場合があります。また、強制執行という強力な手段に至るまでの手続を円滑に進めることができます。
もっとも、弁護士への依頼は費用が伴うため、どの債権に弁護士を投入するかは慎重に判断する必要があります。例えば、単に時効を止めるだけが目的の場合には、弁護士を介さずに自社で訴訟提起を行う方が費用を抑えられます。一方、複雑な背景があり交渉力を高めたい場合は、弁護士を活用する価値が高まります。重要なのは、債権の状況を逐一把握し、どの段階で弁護士に相談するべきかを判断できる体制を整えることです。
弁護士との協議は単発で終えるべきではなく、継続的な情報共有が必要です。企業側が債権の状況を正確に伝え、弁護士が法的対応の可能性を示し、双方で最適な回収方法を選択していくという姿勢が求められます。組織的な債権管理では、この連携が回収成果を大きく左右することになります。
まとめ
債権回収において「ケースバイケースだから仕方がない」という考え方は、一見柔軟で合理的に聞こえるものの、企業規模が大きくなるほどその限界が明らかになります。担当者による判断のばらつき、経験不足による対応遅れ、回収漏れの発生、データ管理の不備など、個別判断に依存する運用は多くのリスクを抱えています。だからこそ、債権回収はルール化し、誰が担当しても一定の水準で処理できる体制を整えることが企業にとって不可欠です。
その第一歩が、年輪調べによる滞留期間の可視化です。滞留期間は貸倒リスクを左右する最も明確な指標であり、正しく分類することで業務全体の優先順位が整理されます。そのうえで、債権の種類ごとに適切な年数基準を設定することで、個別の事情を踏まえた合理的な運用が可能になります。これは、無理に一律化するのではなく、債権の属性に応じた最適なルールを設計するという作業にほかなりません。
さらに、債権回収は「機」によって結果が左右される業務であるため、ルール化だけでは不十分です。状況が動いた債権を逃さず回収に結びつけるためには、柔軟な運用が欠かせません。ルールが軸でありつつ、例外的なチャンスを適切に拾い上げられる体制こそ、実務で高い成果を生むことにつながります。
そして、法的な対応が必要な債権については、弁護士との連携が有効です。金額が大きい場合だけでなく、相手方が特殊なケースや交渉力が求められる場面では、弁護士の介入が回収成果を大きく高める可能性があります。費用対効果を踏まえつつ、自社対応と弁護士対応を切り分けることが重要です。
最終的に、債権回収のルール化は単なる効率化の手段ではなく、企業のリスク管理そのものを強化する取り組みです。ルールを定め、状況に応じて柔軟に運用し、必要に応じて専門家を活用する。この3つの柱を組織として確立することで、債権回収ははるかに安定し、持続的な業務改善が可能になります。
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退職代行時代における人材定着の本質

退職代行業者から突然の連絡が!本当に困るのは
企業にとって、退職代行業者から突然連絡が入り、「本日付で退職したいと言っています」と告げられる状況は大きな衝撃をもたらします。普段顔を合わせて働いていた従業員から直接ではなく、第三者から一方的に退職の意思が届けられるだけで、多くの担当者が動揺や困惑を覚えるのは当然のことです。とりわけ、急な退職は現場の業務に直接的な穴を開け、同僚や管理職の業務負担を増大させます。この「突然の空白」が企業にとって深刻であり、どうにか退職を撤回してもらおうと強く求めたり、退職代行業者に対して感情的な態度を取ったりするケースが少なくありません。
しかし、退職代行業者と衝突しても、本質的な解決にはつながりません。むしろ対立が長期化すると、労務リスクが増大し、企業側が不利になる展開さえあります。また、退職の意思を持った従業員が、企業側の都合だけで翻意するケースは極めて稀です。外部の代行業者を通じて退職を申し出る段階まで追い詰められているケースも多く、気持ちが大きく離れた従業員を引き止めても、再び同じ問題が発生する可能性が高いといえます。
そもそも、人材定着という観点で本当に困るのは「個人が辞めた事実」よりも、その背後に潜む「辞めざるを得ない職場環境」が改善されないことです。退職代行から突然連絡が来るという事態が頻発する企業は、組織内部に何らかの問題を抱えていることが多く、これを無視したまま数合わせで引き止めを行っても根本的な解決には至りません。
そこで重要なのは、退職代行業者と敵対するのではなく、むしろ情報提供の窓口として活用する姿勢です。退職代行は、本人が会社に直接言えなかったことを代わりに伝える役割も担っています。会社側はその情報を真摯に受け止め、自社の抱える課題を把握する機会として最大限に活用すべきなのです。そこで本稿では、こうした視点から人材定着のために企業が本当に取り組むべきことを解説します。
退職するには理由がある
退職は従業員にとって決して軽い選択ではありません。誰もが働いて給料を得なければ生活を維持できず、現代が売り手市場といわれる状況であっても、転職活動にはリスクが伴います。転職の準備期間中には無職の期間が発生する可能性があり、キャリアの空白が生じてしまうことは多くの求職者にとって避けたい事態です。つまり、合理的に考えれば「特段の理由もなく退職する」という選択はほとんど起こりません。退職に踏み切る背景には必ず何らかの不満や課題が存在します。
しかし企業側は、退職者が出ると「現場が大変になる」「引き継ぎができていない」といった自社の都合を優先しがちです。その結果、退職希望者に対して引き止めを行う際に、本人の不満や事情を聞かず「辞められると困る」という論調で対応してしまうことがあります。これは退職を希望する職員にとって何のメリットもなく、むしろ「会社は自分の不満を理解しようとしない」と感じさせ、離職への意志をさらに強固にしてしまいます。
企業が本当にすべきことは、退職者の声に真摯に耳を傾け、その理由を正確に把握することです。退職希望者が何に悩み、どのような状況で退職を選ばざるを得なくなったのかを知ることは、人材定着の第一歩です。この点で、退職代行業者は貴重な窓口となり得ます。従業員が直接言えなかった本音を代わりに伝えることが多く、企業はこの情報を改善のためのデータとして活用できます。
退職理由を把握し、それに対処することなく、単に人手不足を理由に引き留めることは企業側の一方的な都合に過ぎません。人材の流出を防ぐためには、根本にある原因を解消し、働きやすい職場を整備する必要があります。そのためにも、退職理由の把握と改善は不可欠です。
労務負担の過重はすぐに解消すべき
退職理由として特に深刻なのが「過重労働による疲弊」です。業務量が過度に多い、残業が常態化している、人手不足が慢性化しているといった状況は、従業員に大きなストレスを与えます。こうした負担が蓄積すると離職につながるだけでなく、職場全体の士気も低下し、働き続ける人たちにも悪影響を及ぼします。
労務負担の過重が原因で誰かが辞めると、残された従業員にさらに業務が集中します。たとえば一人の退職によって業務が回らなくなる部門では、他の社員の残業が増え、疲労が蓄積する悪循環が生まれます。こうした状態は組織として非常に危険であり、時間が経つほど離職が連鎖し、職場が崩壊してしまうリスクが高まります。
さらに、労務負担が大きい企業は新たな応募者が集まりにくくなる傾向があります。求人を出しても応募が来ない、面接まで進んでも辞退される、といったケースが増え、ますます人手不足から抜け出せなくなっていきます。このように、過重労働は現在の従業員を追い詰めるだけでなく、未来の採用にも深刻な影響を及ぼします。
したがって、労務負担が重い企業は先手を打って人材補充を行い、業務量を無理なく処理できる体制を整えることが重要です。「今は忙しいので採用できない」「予算がないから急増は難しい」といった理由で対応を先送りすると、状況はさらに悪化します。採用が難しいなら、業務の効率化や外部委託の活用など、負担を軽減するための多角的な対策も必要です。
努力や根性に頼る組織運営は持続不可能であり、その場しのぎを繰り返すほど優秀な人材は離れ、組織の競争力が低下していきます。従業員の労務負担の重さは、退職理由の中でも最も早急に解消すべき問題であり、これに向き合わない企業は長期的に存続が危ぶまれます。
ハラスメントはトップダウンで根絶を目指すべき
退職理由として頻繁に挙がるもう一つの要因が「ハラスメント」です。セクハラ、パワハラ、マタハラなど、さまざまな形態のハラスメントが存在し、その深刻さは千差万別です。特にセクシュアルハラスメントなど犯罪に近接するものは、企業が直ちに排除すべき問題であり、被害者の心身に大きな傷を残す可能性があります。
一方、パワハラや侮辱的言動など、より軽度に見られがちなハラスメントもまた深刻です。仕事ができない従業員を揶揄する、能力不足を公然と責める、無視をするといった行為は、職場の心理的安全性を大きく損ない、被害者を苦しめるだけでなく、職場全体の雰囲気を悪化させます。こうした行為は「注意指導の一環」「教育のため」と正当化されがちですが、その実態は嫌がらせであることが多く、原因となる管理職のマネジメント能力不足が露呈します。
ハラスメントは一律に禁止するだけではなく、職場文化そのものを変えていく必要があります。しかし、現実には「多少の厳しさは必要だ」「昔はもっと厳しかった」といった意識が残っており、トップから明確に方針を示さない限り改善は進みません。そこで重要なのがトップダウンによる強いメッセージです。経営層や管理職が率先して行動し、ハラスメントに対する明確な基準を示すことで、現場は初めて変革に向かいます。
ハラスメントは決して「放置してよい問題」ではありません。放置すれば被害者が退職し、加害者はますます態度をエスカレートさせ、職場の健全性が損なわれていきます。企業が長期的に健全な組織を維持するためには、ハラスメントを見逃さず、少しずつでも減らしていく姿勢が不可欠です。心理的に安全な職場が構築されれば、人材定着率は向上し、社員一人ひとりが力を発揮しやすくなります。
退職理由を把握して企業風土を変革する
人材定着を目指す企業にとって、退職者を減らすことは非常に重要です。しかし、退職者そのものを「悪」と考え、無理に引き止めようとする姿勢は逆効果になります。退職は働く人の自由であり、会社都合で引き止めれば不満を抱えた従業員が社内に残るだけで、職場全体の雰囲気も悪化します。企業が取り組むべきなのは、退職理由を正確に把握し、それを改善することで「辞めにくい職場」ではなく「辞める必要のない職場」をつくることです。
退職理由は、企業の課題を浮き彫りにする重要な情報源です。実際の退職者からのリアルな声は、表面化しにくい社内の問題を映し出します。たとえば「上司のマネジメントが強権的」「評価制度が不透明」「業務量に偏りがある」といった声は、組織の歪みや不公平感を示すサインです。こうした声を収集し分析すれば、企業は自社の弱点を把握し、改善に向けた具体的な施策を打ちやすくなります。
一方、退職者から率直な意見を直接聞き出すのは、企業内部では非常に難しいのが現実です。本人が気まずさを感じて本音を言えない場合も多く、企業側が望む回答をしてしまうことがあります。ここで退職代行業者を活用する意義が生まれます。退職代行は本人の意向を代弁する役割を持っており、本音を伝えることに心理的なハードルが低くなります。そのため、企業は本来聞きにくい退職理由をより正確に把握できます。
退職理由が企業風土に起因していることは珍しくありません。人間関係や評価制度、働き方の柔軟性など、多くの問題は「企業文化」に根ざしています。退職者の声をもとに企業風土を変革することは、長期的な人材定着のために最も効果的な取り組みです。組織文化は一朝一夕に変わるものではありませんが、改善に向けた意識改革は確実に成果を生みます。従業員が安心して働ける環境を整えれば、退職率の低下だけでなく、採用力の向上や社員の生産性向上にもつながります。
まとめ
退職代行業者から突然連絡が入り、従業員の退職を知らされるという事態は、多くの企業にとって大きな衝撃をもたらします。しかし、これを単なるトラブルとして片づけるのではなく、企業が自らの課題を見つめ直すきっかけとして捉えることが重要です。退職は従業員が軽い気持ちで選ぶものではなく、その背景には必ず理由があります。企業が真に取り組むべきなのは、退職を阻止することではなく、その理由を理解し改善することです。
特に労務負担の過重やハラスメントといった問題は、従業員の退職を引き起こすだけでなく、組織の健全性そのものを揺るがします。これらの問題を放置すると離職が連鎖し、新たな人材確保も困難になります。企業は早期の段階で問題を把握し、労務負担の軽減や職場環境の改善に取り組む必要があります。
また、退職代行業者は対立する相手ではありません。従業員が直接言いにくい本音を伝えてくれる貴重な情報源であり、企業はこの情報を活かして組織改善につなげるべきです。退職理由を正確に把握し、企業風土を前向きに変革することができれば、退職者を減らし、人材が定着する魅力的な組織に変わっていきます。
本稿で述べたように、人材定着は単に人を引き止めることではなく、働きやすい職場をつくる長期的な取り組みです。退職代行が増加している現代だからこそ、退職者の声を企業改善の糸口とし、健全で持続可能な組織づくりを目指すことが不可欠です。
当センターでは退職問題について単に労務管理の課題とはとらえず、経営戦略全体に与える影響を考慮して次の一手を検討し、ご提案いたします。下記よりお気軽にご相談ください。

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窓口を一本化しているため、複数の専門家に繰り返し説明する必要がなく、手間や時間を省きながら、無駄のないスムーズなサポートをご提供できるのが特長です。
大阪府を拠点に、東京、神奈川、愛知、福岡など幅広い地域のご相談に対応しており、オンラインでのご相談(全世界対応)も可能です。地域に根ざした対応と、柔軟なサポート体制で、皆さまのお悩みに親身にお応えいたします。
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ハラスメントカスタマーへの提訴は既に後手

自治体が迷惑市民を提訴
自治体に対して何百件もの電話を執拗にかけ続ける迷惑市民が存在し、それに対して自治体がついに提訴に踏み切ったという報道が見られます。役所であれ企業であれ、公共窓口や顧客対応の最前線に立つ人々に対して、感情的なクレームや理不尽な要求を繰り返す「カスタマーハラスメント」は、すでに深刻な社会問題となっています。窓口担当者やコールセンター職員は、相手の要望に可能な限り応えようとしますが、それにつけ込むように行為をエスカレートさせる迷惑客は一定数存在し、通常の対応では被害を抑えきれません。
自治体が提訴に踏み切った背景には、通常の注意喚起や業務上の説得では改善の見込みがなく、かつ被害が拡大している現実があります。迷惑行為を繰り返す人に対しては、断固とした法的対応が有効だと言われますし、訴訟を通じて行為の違法性を明確にすること自体には一定の意義があります。しかしながら、実際には提訴が行われた段階で、すでに被害は相当進行していることが多く、被害の大部分は元に戻りません。
また、提訴したからといって迷惑行為が必ず止まるとは限りません。迷惑行為に及ぶ人の中には、そもそも訴訟に耐えうるだけの資力がなく、仮に損害賠償請求が認められても回収不能に終わるケースが多くあります。つまり、提訴によって形式上は勝訴できても、実際の被害回復や行為の抑止には直結しないという現実があるのです。
このように、提訴という対応は「最後の手段」であると同時に「既に後手に回った状況」で実施されることがほとんどです。被害が深刻化して初めて動き出すのでは、現場が受けた時間的・精神的負担を埋め合わせることはできません。そこで本稿では、こうした迷惑客を相手にする際にどのような視点で被害を最小化するべきか、その基本的な考え方を整理していきます。
なぜここまで大事に?
数百件の電話が寄せられるという事態は、通常の市民対応の範囲を大きく逸脱しています。組織としての通常業務を著しく妨げるだけでなく、対応にあたる職員の精神的疲弊は相当なものになります。クレーム対応は往々にして相手の感情的な言動に触れる機会が多く、敬語や丁寧な対応を守りながら応対を続けるだけでも大きなストレスを伴います。そこに執拗な連絡が繰り返されれば、対応者が心身を病んでしまうことも珍しくありません。
さらに、迷惑行為が長期間続くことで、被害は時間の消耗だけにとどまりません。対応に追われて本来の業務が遅延し、内部の業務効率にも影響が出ることで、組織全体にとって大きな損失が生じます。精神的な負担は金銭的に評価が難しく、損害賠償請求で回収できる範囲を大幅に超えるダメージが蓄積されます。このような被害は、後から金銭で補うことはほぼ不可能であり、まさに「防げる段階で防ぐべき」性質のものだと言えます。
では、なぜ事態がここまで大きくなるまで放置されがちなのでしょうか。一つには、公的機関や企業が「顧客や市民の声には耳を傾けるべきだ」という使命感を強く持ちすぎてしまう傾向があることが挙げられます。相手が無理を言っていることが明らかであっても、窓口側が対応を「拒絶する」ことをためらい、結果として対応が長引きます。また、担当者が交代しても過去の経緯が共有されていないことで、相手の言い分を一から聞き直してしまい、被害が増幅されるケースもあります。
被害が深刻化する前に対処するためには、現場に「これは異常である」と認識できる視点と、「一定のラインで対応を止める」勇気と支援体制が欠かせません。事後対応としての提訴は重要な手段のひとつですが、提訴に至る前段階で被害の拡大を阻止する体制が整っていなければ、組織としての疲弊は避けられません。
被害を減らす工夫が必要
迷惑客の対応においては、被害を最小限に抑える工夫が欠かせません。まず大切なのは、しつこい陳情や理不尽な要求に対して、担当者が必要以上に時間を割かない体制を作ることです。熱心に耳を傾ければ相手が満足するという考えは、迷惑行為を行う人には通用しません。むしろ「まだ話を聞いてくれる」と勘違いさせ、行為がエスカレートする原因になりかねません。
次に有効なのは、応対する職員を固定せず、適宜交代する仕組みです。同じ人が延々と対応することで、相手は「この職員は自分の言動に耐えてくれる」と安心し、要求を強めてくる傾向があります。担当者を変えることで心理的な距離が生まれ、相手のペースを崩すことができます。また、担当者が一人で抱え込むことによる精神的負担も軽減され、組織として長期間の対応に耐えられる体制が整います。
そして、対応できないことは明確に「できません」と伝える姿勢が不可欠です。曖昧な表現や曖昧な約束は、迷惑客からすると「まだ交渉の余地がある」と受け取られ、さらなる要求につながります。対応可能な範囲を明確にし、ルールに基づいて対応することで、組織として一貫した姿勢を示すことができます。
さらに、マニュアルの整備も重要です。対応の線引きを明文化することで、現場の判断が一定になり、迷惑客への対応が場当たり的になることを防げます。どこまで対応し、どの段階で対応を終了するのかを明確に定めておくことで、担当者の負担が減るだけでなく、組織として迷惑行為を許容しない体制を示すことにつながります。
こうした工夫を積み重ねることで、迷惑客による被害を最小限に抑えられます。提訴という「最後の手段」に頼る前に、日常的な行動の中で被害を軽減することが、最も効果的で現実的な対応策となります。
弁護士には訴訟よりも迷惑客対応を任せよ
迷惑客への対策を考える際に重要なのは、賠償金を得ることよりも、被害を最小化することです。実際のところ、賠償金が回収できるケースは限られており、訴訟を行っても手間と時間がかかります。現場が被害を受け続ける時間が長くなるほど、組織の損失は拡大してしまいます。そこで有効なのが、一定のラインを超えた迷惑客に対して、早い段階で弁護士を介入させることです。
弁護士が対応することにはいくつかの利点があります。まず、迷惑行為を行う人の多くは、相手を「下に見ている」からこそ強気に出ています。窓口職員や担当者に対しては横柄な態度を取る一方、弁護士が介入すると態度が急に変わる人が少なくありません。法律的な知識を持つ専門家から直接注意を受けることで、自分の行為が違法であるという認識を持ちやすくなり、行為をやめるきっかけにつながります。
また、弁護士が組織の窓口として対応することで、担当者が直接話を聞く必要がなくなり、精神的な負担が大きく軽減されます。組織としての正式な対応窓口が設定されることで、迷惑客とのやり取りが形式的なものになり、相手が感情的に要求を押し付けてくる余地が減ります。対応記録も正確に残るため、万が一訴訟に発展しても、証拠として有効に活用できます。
さらに、弁護士に早期介入を依頼することで、事態が大きくなる前に抑止できる点も見逃せません。迷惑行為が常態化してしまうと、それを止めるためには大きな労力が必要になります。早い段階で弁護士から直接注意喚起を行うことで、被害が深刻化するのを防ぎ、組織が本来の業務に集中しやすくなります。
つまり、弁護士への依頼は「訴訟を起こすために依頼する」のではなく、「被害を最小化するために専門家に任せる」ことが本質的な役割です。迷惑客が一定のラインを超えたと判断した段階で、顧問弁護士に対応を引き継ぐことは、組織を守る上で極めて合理的な選択だと言えます。
認めることは認めよう
迷惑客の対応を難しくしている要因の一つは、組織側が必要以上に「防御的」になることです。組織がミスを隠蔽しようとしたり、柔軟性のない形式的な対応に終始したりすると、顧客側が「このままでは納得できない」と強硬な姿勢を取ることがあり、結果として紛争が長期化します。問題が大きくなる原因は、迷惑客の一方的な言動だけではなく、組織側の硬直した対応にある場合も少なくありません。
まず大切なのは、組織側に明確な落ち度がある場合、それを素直に認め、適切に謝罪し、改善策を明示することです。ミスを過度に隠そうとすると、相手の不信感を招き、追及が厳しくなります。誤った対応を認めることは勇気のいることですが、誠実な姿勢を示すことで、多くの問題は早期に収束します。
一方で、対応できない要求に対しては、明確に拒絶する必要があります。「できないものはできない」とはっきり伝えず曖昧な返答をしてしまうと、相手は「交渉すれば通るのではないか」と期待し、要求をエスカレートさせてしまいます。柔軟に対応すべき場面と、拒絶すべき場面を見極め、その線引きを組織全体で共有することが重要です。
また、顧客とのコミュニケーションにおいては、感情的な反応を避け、丁寧かつ冷静に対応する姿勢が求められます。とはいえ、柔軟な対応が可能であったにもかかわらず、あえて形式的なルールに固執してしまうと、不要な対立を生むことがあります。苛烈なカスタマーハラスメントの事例の多くには、どこかの段階で組織側が柔軟な対応を欠き、相手の感情を逆なでするような行動を取ってしまった面が見られます。
結局のところ、迷惑客の対応は「一律に硬い対応を取ればよい」「とにかく強気で押せばよい」という単純な話ではなく、認めるべき点は認め、拒絶すべき点は拒絶し、柔軟に対応できる点は柔軟に行うという、バランス感覚が不可欠だと言えます。
まとめ
迷惑客への提訴は、確かに強いメッセージを発する方法であり、違法行為に対しては法的責任を問うべき場面もあります。しかし提訴が行われる時点で、多くの場合すでに被害は深刻化しており、提訴自体が後手に回った対応であることは否めません。だからこそ、組織としては迷惑行為が深刻化する前の段階で、被害を最小限に抑えるための仕組みを整えることが不可欠です。
被害の拡大を防ぐためには、担当者を固定せず、負荷を分散させる仕組みや、マニュアルによる対応の線引きが有効です。対応可能な範囲を明確にし、必要以上に相手の要求に付き合わないことで、組織側の疲弊を防げます。また、一定のラインを超えた迷惑客には早期に弁護士を介入させ、現場の負担を取り除くことが現実的な対策となります。
さらに、組織側に落ち度がある場面では、隠さず誠実に向き合うことで、相手が不必要に攻撃的になることを防げます。一方で、対応できない要求に対しては、毅然と拒絶する姿勢が必要です。柔軟さと強さの両立こそが、迷惑客対応における本質的なバランスです。
提訴をゴールと捉えるのではなく、日常的な業務の中で迷惑行為を広げない体制を構築することこそ、組織を守る最も効果的な方法と言えます。
当センターでは官公庁のカスハラ対応も任された弁護士が、「被害の最小化」という観点で御社のカスハラ対応体制の整備にご協力いたします。下記よりお気軽にご相談ください。

当センターは、弁護士・公認会計士・中小企業診断士・CFP®・ITストラテジストなどの資格を持つセンター長・杉本智則が所属する法律事務所を中心に運営しています。他の事務所との連携ではなく、ひとつの窓口で対応できる体制を整えており、複雑な問題でも丁寧に整理しながら対応いたします。
窓口を一本化しているため、複数の専門家に繰り返し説明する必要がなく、手間や時間を省きながら、無駄のないスムーズなサポートをご提供できるのが特長です。
大阪府を拠点に、東京、神奈川、愛知、福岡など幅広い地域のご相談に対応しており、オンラインでのご相談(全世界対応)も可能です。地域に根ざした対応と、柔軟なサポート体制で、皆さまのお悩みに親身にお応えいたします。
初回相談は無料、事前予約で夜間休日の相談にも対応可能です。どうぞお気軽にご相談ください。
債権回収における弁護士と社内対応の効果的な役割分担

会社の厄介事。全部まとめて顧問弁護士に丸投げしたいが
企業活動を続けていると、日常業務とは別の「厄介事」が必ず発生します。近年は企業を取り巻く法務領域が複雑化しており、以前なら総務担当や管理部門だけで対処できた問題も、専門的知識や迅速な判断が求められる場面が増えています。特に債権回収に関するトラブルでは、支払いの長期化だけでなく、資産隠しを行う相手や、そもそも連絡が取れなくなる相手も存在し、企業の負担は大きくなる一方です。また、理不尽な要求を繰り返したり、必要以上に感情的になったりする相手も増えており、いわゆるカスハラ(カスタマーハラスメント)に該当する行為で社内対応が疲弊してしまう事例も珍しくありません。
このような背景があるため、経営者や担当者としては、「全部顧問弁護士に任せてしまえれば楽なのに」と考えたくなるのは自然なことです。弁護士が前面に出れば、相手が過激な主張を控えることが多く、手間と心理的ストレスの軽減という点でも大きなメリットがあります。しかし、現実には弁護士費用が問題になります。案件数が多い企業であれば、すべてを外部弁護士に委ねると費用が膨れ上がり、企業としての収益を圧迫してしまいます。顧問契約を結んでいても、個別案件ごとに追加費用がかかる場合もあるため、丸投げは難しいというのが実情です。
そこで重要なのが、弁護士と社内対応の「役割分担」です。どの業務を社内で処理し、どの業務は弁護士に依頼すべきなのかを明確に区別し、効率的な体制を整えることが、今後の企業運営において極めて重要になってきます。そこで本稿では、この複雑化した企業法務の中でも特に債権回収を中心に、どのような視点で弁護士と社内対応の線引きを行うべきなのかを、さまざまな事例を踏まえながら考えていきます。
保険会社のケース
損害保険会社の業務は、従来から交通事故の保険金支払いに関する対応が中心でした。事故が発生した場合、保険会社の担当者が相手方や加入者と連絡を取り、必要書類を集め、過失割合などの調整を行うことで、迅速に保険金を支払う体制を整えることが求められてきました。そのため、多くの業務は社内対応が基本とされてきました。担当者は豊富な経験を積み、事故対応のプロとして機能してきたため、外部弁護士に任せなくてもほとんどの案件を解決できました。
しかし、近年は状況が変わりつつあります。事故の当事者の中には、従来に比べて対応が難しい相手も増えています。具体的には、わずかな不満を理由に過剰な要求を繰り返す相手、法律知識を盾に強気な交渉を進めてくる相手、はじめから弁護士を立ててくる相手など、従来とは異なる対応が必要なケースが増えています。さらに、SNSによる情報拡散が容易になったことで、「不当な扱いを受けた」と投稿され、企業イメージを損なうリスクも高まりました。
このような複雑なケースまで社内で抱え込んでしまうと、担当者の精神的負担は増大し、本来注力すべき案件に手が回らなくなります。また、経験の浅い担当者が対応してしまった結果、トラブルが長期化し、かえってコストが膨らむ場合もあります。そのため、保険会社の中には、一定の複雑な案件については早い段階で外部弁護士に任せる運用を取り入れるところが増えてきました。弁護士が入ることで交渉がスムーズになり、担当者が余計なストレスを抱えることなく業務を進められるというメリットもあります。
保険会社の例は、企業にとっての役割分担の在り方を考える上で参考になります。つまり、社内で対応できる範囲と、専門家の手を借りたほうが良い案件をきちんと区別することで、全体のサービス品質を維持しつつ、担当者の負担を減らし、結果として企業全体の効率化につながります。
給食費回収のケース
学校における給食費の未納問題は、多くの自治体で深刻な課題となっています。給食費は一般的に数千円から数万円程度であり、金額自体は比較的少額です。しかし、未納が続くと学校や自治体の財政を圧迫し、結果として教育サービスの質にも影響が生じます。そこで学校側としては回収の必要性があるものの、少額ゆえに弁護士に依頼すると費用倒れになってしまうという問題があります。
このような事情から、給食費回収では社内対応が主流となってきました。しかし、担当教員が督促や手続を行うには限界があります。教員は教育活動が本務であり、法的手続の専門家ではありません。督促連絡が感情的なトラブルに発展する可能性もありますし、法的に正しい手順を踏めなければ、かえって相手に強く出られてしまう可能性もあります。そのため従来は、自治体の法務部門や外部の法務スタッフがサポートする体制が取られてきました。
ところが近年は、AIの活用により、学校側がより簡易に法的手続を進められる仕組みが整いつつあります。例えば、必要書類の自動作成、督促状の文面チェック、簡易裁判所への訴訟提起書類の作成など、これまで専門知識がなければ難しかった作業をAIが補助することで、学校側の負担が大幅に減りました。特に少額訴訟や支払督促の手続は定型的な部分が多く、AIとの相性が良いため、導入を進める自治体は年々増えています。
このように、給食費回収のように少額であり体制が限られる業務は、社内対応とAIの組み合わせが有効です。わざわざ弁護士に依頼して企業や学校側の負担を増やす必要はありません。むしろ、簡易な法務案件は社内で処理し、より複雑な案件にこそ外部の専門家を活用するというメリハリが求められています。今後もAIによる自動化技術が進めば、社内対応で完結できる範囲はさらに広がっていくでしょう。
カスハラ対応では劇的な差が
カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラが企業に与える負担は年々大きくなっています。顧客対応窓口には、毎日のように「同じ内容を何度も電話してくる」「執拗に謝罪を要求する」「社員の個人名を出して責め立てる」といった行為が寄せられ、対応する社員が精神的に追い詰められるケースも増えています。企業としては顧客の声に耳を傾ける姿勢が必要ですが、度を超えた要求は本来応じる必要がないばかりか、社員を守るためにも毅然とした対応が求められます。
しかし、カスハラへの社内対応には限界があります。いくら丁寧に説明しても、相手が不満をぶつけ続ける場合、担当者は過度なストレスを抱えてしまいますし、対応時間が長くなるほど本来業務が滞ってしまいます。さらに、対応を誤ると相手の怒りを増幅してしまうこともあり、現場の担当者ではコントロールが難しい場面が数多く存在します。
このようなケースでは、窓口を顧問弁護士に変更するだけで状況が一変することがあります。弁護士が対応すると聞いた瞬間に、過剰な要求を控える相手は少なくありません。自分の言動が法的な問題になる可能性を意識し、態度を改める場合が多いからです。弁護士は論理的かつ冷静に対応するため、感情的なやり取りが続いていた場面でも、短期間で解決が図れる可能性が高まります。
企業にとって最も大切なのは、社員の安全と健全な業務環境を守ることです。効率化の観点だけでなく、社員のメンタルヘルスという観点から見ても、カスハラを「厄介だ」と感じた段階で早期に顧問弁護士へ任せるべきです。無理に社内で引き受け続けることはリスクであり、外部専門家を介入させることで企業全体の健全性を保つことができます。
事案の難度で役割分担を決める
企業内で何らかのトラブルが発生した際、最初に必要なのはその事案の難度を正確に判定することです。難度が低く、定型的に処理できる業務であれば、社内対応やAI支援による処理が最も効率的です。これにより、顧問弁護士の依頼コストを抑えられるだけでなく、社内の法務人材の育成にもつながります。特に若手社員にとっては、簡易な案件を通じて法律知識を身につけられるため、企業としての総合的な法務能力を底上げする効果があります。
一方、厄介な案件を無理に社内で処理しようとすると、かえって事態を悪化させる可能性があります。相手が複雑な法的主張をしてきたり、感情的なクレームを繰り返す場合、担当者が対応を誤ってしまうとトラブルが長期化し、追加コストが発生したり企業イメージを損なったりするリスクがあります。こうした事態を防ぐためには、一定以上の難度があると判断した段階で、外部の顧問弁護士へ一貫した対応を任せることが重要です。
企業は限られたリソースの中で運営されています。人員、予算、時間といった資源を無駄なく配分するためにも、事案の難度に応じた役割分担を明確にし、外部と内部のどちらが対応すべきなのかを冷静に判断することが求められます。顧問弁護士という外部リソースを適切に活用し、社内の業務負担を調整することで、効率的かつ安全な企業活動が可能になります。最終的には、社内外の知恵をうまく活用しながら最適な解決方法を探る姿勢が企業の成長につながります。
まとめ
企業が抱える厄介事には、債権回収、クレーム処理、カスハラ対応などさまざまなものがありますが、それらをすべて顧問弁護士に任せることは現実的ではありません。費用面の負担が大きくなるだけでなく、社内の法務能力が育たないという問題もあります。一方で、難度が高い案件を社内で抱え込むと、対応が長期化したり企業の信用に傷がついたりする可能性があります。つまり、企業にとって最も重要なのは「どこまでを社内で担当し、どこからを外部の専門家に委ねるか」という線引きを明確にすることです。
社内対応が適しているのは、定型的で難度が低い案件です。AIの進化により、これらの業務は自動化が進んでおり、社内人材でも効率的かつ迅速に処理できるようになりました。これにより、弁護士費用の削減と社内人材の育成を同時に実現することができます。
一方、難度が高い案件や感情的対立を伴う案件は、早期の段階で顧問弁護士の関与を求めるべきです。弁護士が入ることで交渉が整理され、相手が過激な主張を控える効果も期待できます。特にカスハラや複雑な法的トラブルについては、外部の専門家が前面に出ることで短期間で事態を収束させられる可能性が高まります。
結局のところ、企業が効果的に運営されるためには、社内と外部のリソースを適切に使い分ける「役割分担」が欠かせません。難度を見極め、適材適所で対処することで、企業はリスクを最小化しながら健全な業務運営を続けることができます。
当センターでは御社の厄介ごとの中でも特に難度の高いものについて外注対応に応じます。下記よりお気軽にご相談ください。

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意外に難しい?従業員教育の在り方

人財の教育と定着というけれど
企業経営において、人材は最も重要な資源であるといわれます。設備や資金がどれほど潤沢であっても、それを活用する人がいなければ事業は成り立ちません。そのため多くの企業では、優秀な人材を採用し、教育し、成長させ、長く働いてもらうことを目指しています。しかし現実には、採用さえ難しい状況が続いています。全産業的に人手不足が深刻化しており、特に若手人材の確保は競争が激しくなっています。
もちろん、賃金を上げれば人材の確保や定着につながります。しかし企業体力には限界があり、無制限に賃上げできる企業は多くありません。また単純に賃金を上げたとしても、やる気や能力が伴わなければ生産性は向上せず、投資効果が出ないまま企業の収益を圧迫するリスクもあります。現代の人材確保競争は、単にお金の問題ではなく、働きがいや成長実感が得られる環境整備も重要であるということです。
このような環境下では、現有戦力の底上げが求められます。つまり、既にいる従業員の能力を育て、組織としての総合力を高めていく取り組みが不可欠になります。しかし実際には、「従業員教育が大事だ」と言われながら、具体的にどう取り組めばよいのか悩んでいる経営者や管理職が多いのも事実です。従業員教育には時間とリソースが必要であり、目の前の業務に追われる中で体系的な育成プランを設計する余裕がない企業も少なくありません。
さらに、「人を育てたい」意思があっても、育てられる側の価値観が多様化していることも、教育の難しさにつながっています。世代間の働き方に対する意識の違いや、キャリア観の差異が存在し、一律の育成方法が機能しなくなっています。そのため、従業員教育は重要であると理解しつつも、どこから手をつけるべきか判断できず、結果として場当たり的な対応になってしまうケースも多いでしょう。
そこで本稿では、こうした状況をふまえ、従業員教育の基本的な考え方や、現代の企業が置かれている環境に適した教育の在り方について整理していきます。まずは従来の教育手法がどのように変質し、なぜ従来手法が通じにくくなっているのかを見ていきます。
従前のOJTは若手に避けられがち
従来、多くの企業では従業員教育といえばOJT(On-the-Job Training)が中心でした。実際の業務を通じて必要なスキルを身につけさせる方法であり、特に中小企業ではこの方式が基本だったといえます。まず新人に業務を任せ、結果に対して先輩が指導し、改善すべき点をフィードバックする。それを繰り返すことで実務能力を育てる手法は、即戦力化の観点から見ると非常に合理的でした。
ところが近年、このOJTが若手に敬遠される傾向が強まっています。理由として、フィードバックが「ダメ出し」に聞こえ、心理的負担を感じてしまう若手が増えていることが挙げられます。従来であれば、「叱られるのは当然」「改善して成長しなければならない」という意識が一般的でした。しかし今の若手の中には、否定されたと感じることでモチベーションが低下したり、指摘をパワハラと受け止めたりする例もあります。
もちろん、若手全員がそのような感受性を持つわけではありません。しかし、組織として人材教育を考える場合、育成対象者の価値観の傾向を無視するわけにはいきません。そのため、従来の「見て覚えろ」「やって覚えろ」という形式は敬遠され、丁寧な事前説明や心理的な安心感の確保が求められるようになっています。若手を雇う企業ほど、OJTの比重を下げ、座学や事例学習など別の教育方法を取り入れる傾向が出ています。
とはいえ、OJTを全否定するのは現実的ではありません。仕事は現場で学ぶものという側面は依然としてあります。ただし、従来のOJTが通用しなくなってきている背景を正確に理解することが必要です。教育する側にもコミュニケーション能力が求められ、単に業務を教えるだけではなく、相手の心理状態や理解度を踏まえた柔軟な対応が不可欠になっています。従業員教育は、単なる技術伝達ではなく、関係構築と並行して進めるべき活動へと変化しています。
マニュアル化は非効率
従来のOJTに抵抗感を持つ若手の中には、「マニュアルさえあれば、自分でできるのに」と考える人も少なくありません。確かに、明確な手順書があれば、何をすれば良いのか迷う時間が減り、心理的負荷も軽減されます。そのため、業務マニュアルの整備は有効な教育ツールであるかのように見えます。
しかし、実際にはマニュアル作成には多大な手間とコストがかかります。業務内容を整理し、例外対応を含めた手順書をつくる作業は、経験豊富な社員が担当することが多く、結果として彼らの本来の業務生産性が下がってしまいます。マニュアルによる教育効果と、作成に伴う機会損失を比較したとき、必ずしも合理的とはいえません。
さらに現代のビジネス環境は変化が早く、マニュアルがすぐに陳腐化してしまうリスクもあります。市場の変化、顧客ニーズの変動、法規制のアップデートなどに応じてマニュアルを更新し続ける必要があり、維持管理コストが恒常的に発生します。ある時点で最適だった手順が、半年後には非効率になることも珍しくありません。
またマニュアル依存の弊害として、受動的な姿勢が生まれやすい点も指摘できます。マニュアル通りに作業することはできても、状況に応じて判断し、柔軟に行動する経験が乏しい従業員が育ってしまう可能性があります。企業が求めるのは、指示をこなすだけの人材ではなく、変化に対応し価値を創造できる人材です。マニュアル整備は必要な場面もありますが、万能ではなく、むしろ教育効果を阻害することもあります。
このように、マニュアル化は一見わかりやすく合理的に見えて、実際には非効率であることが多いのです。効果的な教育には、単なる手順情報以上の知識や姿勢が必要であり、柔軟思考や問題対応力を養う環境作りが欠かせません。
必要なのは目先の業務スキルではなく
仕事に必要なスキルと聞くと、多くの人がまず「業務をこなすための具体的な技術」を思い浮かべます。しかし、現在の企業にとって重要なのは、単に業務手順を遂行できる能力だけではありません。そのような能力は、時間をかければ誰でも習得でき、そうした人材は採用市場においても比較的容易に補充可能です。
現代の組織が求めるのは、ソフトスキルやコンセプチュアルスキルの高い人材です。コミュニケーション能力、課題設定能力、チームワーク、創造性、論理的思考、そして不確実性の中で適切に判断できる洞察力など、業務手順とは異なる要素が求められています。これらは一朝一夕に身につくものではなく、継続的な経験と学習を通じて育む必要があります。こうしたスキルを有することで周囲の人間やAIをうまく活用して大きな成果をあげることができます。
さらに、企業にとって最も価値あるのは、将来の中核人材となる人材です。管理職やリーダーとして組織を牽引できる人材を育てることは、企業の競争力につながります。そのためには、単に仕事を覚えさせるだけでは不十分であり、視野を広げ、理念や戦略を理解し、自立的に考え行動できる力を伸ばすことが重要です。
教育担当者は、「今の業務ができる人」ではなく「未来の組織を支える人」を育てるという視点を持つことが必要です。目先の効率を求めすぎると、長期的な成長機会を奪いかねません。従業員教育は、短期成果と長期投資のバランスを見極めつつ、能力開発を進めることが求められるのです。
企業としてどんな従業員であってほしいか
従業員教育の理想形を考える際、最も重要なのは企業がどのような人材を望んでいるかというビジョンです。どのような価値観を持ち、どのような姿勢で仕事に臨み、どの程度の責任やスキルを期待するのか。これが明確であれば、教育の方向性も自ずと定まります。教育はあくまで手段であり、目的は組織の将来像と一致する人材を育てることにあります。
もちろん、従業員自身にもキャリアプランがあります。企業のビジョンと従業員の希望が一致しなければ、いずれ双方にとって望ましくない結果につながります。特に近年は転職市場が活発化し、自分の価値観に合わない環境を離れる選択が容易になっています。そのため一致しない従業員が離職することは避けられず、むしろ自然な現象として受け止める必要があります。
重要なのは、企業のビジョンと従業員の志向が一致する層を見極め、その層に対して適切な教育機会を提供し、共に成長できる環境を整えることです。教育は「全員に同じことを教える」ものではなく、方向性の合う従業員とともに未来をつくるための投資です。価値観が一致し、長期的に成長意欲を持つ人材にリソースを集中し、互いに納得できる成果を創出することが、人材育成の本質といえます。
企業は人を選び、従業員も企業を選びます。その双方が同じ方向を見ることで、教育は最大の効果を発揮します。従業員教育とは、単なるスキル指導ではなく、組織文化の共有と未来への共創プロセスです。
まとめ
従業員教育はかつてのように単純ではありません。人材不足、価値観の多様化、変化の激しい市場環境など、企業を取り巻く状況は大きく変わり、従来の手法では通用しない場面が増えています。OJTの形式も見直しが求められ、マニュアル化が万能ではないことも明らかです。必要なのは、単に業務をこなす力ではなく、未来を創る能力を備えた人材を育てる視点です。
企業は、自ら望む人材像を明確に描き、そのビジョンと従業員の志向が重なる領域に重点を置いて育成するべきです。「誰でも育てる」のではなく、「共に未来をつくりたい人を育てる」という考え方が鍵となります。従業員教育とは、企業が生き残り成長し続けるための戦略的な投資であり、長期的な視点で取り組むべき重要課題です。
当センターではこうした観点から、御社の大事な人財教育を総合的に支援させていただきます。下記よりお気がるにご相談ください。

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郵便局がミスをした職員に自転車での配送を命令

郵便局がミスをした職員に自転車での配送を命令
郵便局において、いわゆる「懲戒自転車」という風習があったことが問題視されています。これは、ミスをした職員に対して通常のバイク配達ではなく、自転車での配達を命じるというものです。一見すると単なる業務内容の変更のように映るかもしれませんが、その実態は厳しい懲罰的処遇に近いと指摘されています。特に、郵便配達は多くの荷物を扱い、さらに長距離移動が必要となる業務です。それを、バイクから自転車に変更するというのは、単純に移動手段が変わるだけでなく、大幅に身体的負担が増えるという意味を持ちます。夏場の炎天下や山間部での配達ともなれば、その負担は想像以上のものとなり、体力面のみならず精神面にも強いストレスがかかります。
こうした対応は、たとえ表向きが「業務命令」であったとしても、実質的に罰として機能してしまうと大きな問題です。本来、効果的な職場教育とは、業務改善や再発防止につながる建設的なものでなければなりません。ところが、このような懲戒的な手段が存在していた背景には、「ミスをした者には苦痛を負わせるべきだ」という古い価値観が根強く存在していたと考えられます。社会全体でハラスメントへの意識が高まっている中、こうした処遇が引き続き行われていたことは見過ごせない問題です。そこで本稿では、ミスに対するペナルティの正しいあり方を考え、より健全な職場文化について考察したいと思います。
ミスに対する対応は必要だが
ミスをした人に対して何らの対応も行わないというのは、組織として望ましい姿ではありません。ミスを放置すれば、同じ事態が再発し、顧客や会社全体に迷惑をかけてしまいます。そのため、ミスをした人に改善を促す仕組みを持つこと自体は必要です。たとえば子どもの教育では、危険な行為やルール違反に対して一定の罰を与え、行動を改めさせるという方法が取られることがあります。これにより、子どもは何が良く、何が悪いのかを理解します。
しかし社会人の教育において、罰だけが唯一の方法ではありません。社会人はすでに一定の判断能力と責任感を備えているため、対話や指導、フィードバックといった方法でも十分改善を促せます。特に、罰と感じる処遇が過度であれば、単にやる気を削ぎ、反発を生むだけです。また近年では、パワーハラスメント防止の観点が強調されるようになりました。業務改善のためと称しつつ、当人にとって過度の負担や精神的圧力となる対応は、パワハラと評価されるリスクがあります。社会人教育においては、罰ではなく、行動の改善を促すための支援や仕組みづくりが中心であるべきです。罰は一見手っ取り早い手法のように思えますが、実際には長期的な組織力向上につながりにくいものです。ミスが生じた背景には、本人だけでなく、業務フローや指導体制など組織全体の問題が存在することも少なくありません。責任追及に終始するよりも、改善と成長を目指す姿勢が求められます。
罰を楽しむ風土は危険
懲戒自転車が批判された背景には、単なる業務手段の変更という以上に、組織内で「ミスをした人が苦労する姿を見るのを面白がる」という風土があったといわれています。このような風潮は、職場における心理的安全性を著しく損ないます。他人の失敗や苦痛を笑う環境では、誰も本音を言えず、困りごとを相談できなくなってしまいます。さらに、ミスを恐れて新しいことに挑戦しなくなり、結果として組織全体の成長が阻害される危険があります。
また、こうした風土は、社内の序列に基づく上下関係を過剰に強化し、権限を持つ側が弱い立場の者に対して不適切な振る舞いを正当化する温床となります。たとえば、ミスをした若手社員に対し、必要以上に厳しい対応を取ることで、自身の優位性を誇示しようとするような行動が生まれかねません。このような組織では、ハラスメントが黙認され、やがて常態化してしまいます。結果として、優秀な人材が離れ、残るのは声の大きい者や強権的な態度を取る者ばかりになるという悪循環に陥ります。
組織の健全な発展のためには、ミスに対する寛容さとともに、改善に向けて協力し合う姿勢が不可欠です。「罰を楽しむ」風土を排除し、互いを尊重し、助け合う文化を育てることこそが、持続的な組織力向上につながります。
生産性の向上を意識せよ
懲戒自転車の最大の問題の一つは、生産性の低下を意図的に引き起こす点です。自転車での配達は、バイクに比べて明らかに効率が悪く、配達の遅延や顧客満足度の低下を招く可能性があります。本来、組織の目的は顧客に迅速で正確なサービスを提供し、信頼を獲得することです。そのために最適な手段や体制を整えるべきなのに、罰として生産性を下げる措置を取るというのは、組織の目的に反しています。結局、そのしわ寄せを受けるのは顧客であり、決して合理的な対応ではありません。
現代では、ほぼすべての業界で生産性向上が求められています。同じ時間でより高い成果を生み出すことは、企業競争力を高める上で欠かせない要素です。そのため、業務効率をあえて下げる懲罰的手法は、時代錯誤と言わざるを得ません。さらにミスに対する処遇は、評価制度を通じて適切に反映することで十分に効果を発揮します。昇進や昇給、業務配置といった仕組みを用いることで、社員は自身の行動が将来にどう影響するかを理解し、改善に取り組む動機づけになります。
罰を与えることで一時的に素行を正したように見えても、根本的な改善にはつながりません。それどころか、反発心や不信感を生む可能性が高く、結果として組織全体のパフォーマンス低下につながります。生産性を重視する時代において、非合理な罰は極力避け、合理的で建設的な改善策を講じることが重要です。
前に向く施策を
ミスをゼロにするという理想は理解できますが、それ自体が目的になってしまうと本末転倒です。企業の使命は顧客に価値を提供し、収益を得て持続的に発展することにあります。その中でミスを最小化することは手段であり、目的ではありません。ミスが発生した場合、最も重要なのは、それをどう挽回し、信頼を回復するかという視点です。この観点が欠け、ミスを責めることに重点が置かれてしまうと、社員は恐怖心から萎縮し、積極的な提案や挑戦が生まれなくなります。
ミスを責め立てるのではなく、ミスをきっかけにして学び、改善につなげる制度が望ましいです。たとえば、ミスの原因をチームで共有し、再発防止策を議論する場を設けることは、建設的な取り組みと言えます。また、ミスをした人に対して過度な批判を行うのではなく、「どう立て直すか」「次にどう活かすか」を考えさせ、行動につなげる支援を行うことが重要です。
企業の中には、反省文や懲罰的業務といった対応を重視する文化が依然として存在します。しかし、これらは短期的には効果があるように見えても、長期的には不信感とストレスを増幅させ、職場環境を悪化させます。後ろ向きなアプローチではなく、社員のポテンシャルを引き出す前向きな制度こそが組織力を高めます。自信を奪うペナルティよりも、再起を促す機会を与える方が、結果として企業の利益につながります。
まとめ
懲戒自転車のような制度は、時代錯誤であり、現代の企業において決して許容されるべきではありません。ミスをした人を罰することで一時的に秩序を保つように見えるかもしれませんが、長期的には組織の健全性を損ない、生産性を低下させる危険性があります。ミスに対する対応は必要ですが、それは罰ではなく、改善と再発防止を目的とした建設的な方法であるべきです。
さらに、罰を楽しむ風土は、ハラスメントを助長し、心理的安全性を損ないます。社員が安心して働き、挑戦できる環境を整えることが、持続的な発展の鍵です。ミスを責めるよりも、どう立ち直るかを支援し、前向きな取り組みを促す文化を育てることが求められています。組織の目的は懲罰ではなく、価値創造です。そのためにも、建設的で合理的な人材育成と評価の仕組みを整え、未来志向の職場を築くことが重要です。
当センターではこのようにハラスメントになりがちな組織風土を極力前向きに変化させるべく、様々な観点から御社の課題解決手法を共に考えます。下記よりお気軽にご相談ください。

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事務的な支払督促、もう古くないですか?

債権回収は難しい
債権回収は、企業活動の中でも最も神経を使う業務の一つです。販売やサービス提供を行い、その対価として代金を受け取るのは当然の流れですが、現実にはその当然のプロセスが崩れることが少なくありません。取引先の資金繰りの悪化、担当者の交代、経営方針の変更など、様々な事情によって支払が遅延するケースは日常的に発生します。そして、支払が一定期間を超えて滞ると、債権回収という難題に直面することになります。
特に、支払に窮した債務者が返済しない場合、その問題はもはや理屈では解決できません。「支払う意思があるが資金がない」「返済の見通しが立たない」「そもそも優先順位が低い」といった心理が働くため、合理的な話し合いが通用しなくなることもあります。この段階では、担当者がどれほど丁寧に説明しても、債務者が「払えない」と決めている限り、進展しません。
弁護士を通じた債権回収には、一定の意義があります。弁護士名での通知が届くことで、債務者が「法的手段を取られるのではないか」と感じ、支払を再検討することもあります。しかし、その効果には限界があります。すべての債務者に通じるわけではなく、経済的に行き詰まった人に対しては、弁護士名の封書も単なる紙切れに過ぎません。
それでも企業としては、未回収債権を放置するわけにはいきません。放置すれば資金繰りに影響し、取引全体の信用を損なうリスクもあります。だからこそ、多くの企業は支払督促を「定型業務」としてルーチン化しています。しかし、時代は変わりつつあります。これまでのように、定型文の支払督促を送り続けるだけで成果が上がる時代ではありません。そこで本稿では、債権回収をより効果的に行うための新しい観点を紹介していきます。
弁護士に債権回収を依頼する意義
通常の支払督促よりも、弁護士による支払督促の方が債務者に与える心理的影響は明らかに大きいです。社名入りの請求書や担当者のメールでは軽く見られていた債務でも、「弁護士名」で通知が届いた瞬間、債務者の反応は変わります。法的トラブルに発展する可能性を意識し、「さすがに放置できない」と感じる人は少なくありません。
通常の支払督促では、債務者が「支払わなくても大きなペナルティはない」と軽視してしまう傾向があります。特に中小企業間の取引では、「いずれ払う」「次の資金が入ったら」などと自らの都合を優先し、支払を先延ばしにする債務者も多いです。しかし、弁護士が介入すると、事態の重みが一気に増します。債務者の心理には「このままでは訴えられて差押えされるかもしれない」という緊張感が生まれ、対応を早めるケースも多く見られます。
実際に訴訟まで進めるかどうかは別としても、弁護士を通じて督促を行うことで「放置できない案件」という印象を与えることができます。弁護士の関与は、単なる圧力ではなく、交渉の再開を促すトリガーとして機能します。たとえば、「分割で支払う」「一部を即金で納付する」などの提案を債務者から引き出すことも可能になります。
もちろん、弁護士を通じた支払督促にはコストが発生します。着手金や手数料が発生するため、すべての債権に適用するのは非現実的です。しかし、支払遅滞が長期化している債務者、または高額債権の場合には、そのコスト以上の効果を期待できます。訴訟提起を前提とせずとも、「訴訟を起こすかもしれない」という空気を醸成することが、債務者にとって最大のプレッシャーとなります。
現代的な効果
ところが、情報が氾濫する現代では、従来の弁護士名での支払督促が以前ほど効果を発揮しなくなっています。SNSやネット掲示板などを通じて、一般の人々が法的手続きや差押えの実情をある程度理解するようになったためです。今では多くの債務者が、「訴訟には時間と費用がかかる」「判決が出てもすぐに差押えには至らない」と知っています。そのため、「弁護士名の封書=危険」という図式が成り立たなくなりつつあります。
中には、封書の宛名を見ただけで「また督促だろう」と判断し、開封すらしない人もいます。特に多重債務者や、支払不能状態の人は、督促状を読む精神的余裕すらなくしているのが実情です。こうした人々にとっては、どれだけ丁寧な文面でも、弁護士からの手紙でも、もはや意味を持ちません。
また、生活保護受給者や破産申立準備中の人など、法的に返済が制限されている人に対して督促を送ることも、効果がないどころか、場合によっては不適切です。彼らには支払原資が存在せず、いかなる督促も現実的解決にはつながりません。
こうした背景から、事務的に定型文を送り続けるだけの支払督促は、もはや時代遅れといえるでしょう。以前のように「弁護士の名前があれば支払われる」という時代は過ぎ去り、債務者の心理と生活状況を見極めたうえでの対応が求められています。つまり、支払督促は「送ること」自体が目的ではなく、「相手にどう受け取られるか」「行動を促せるか」という観点で再設計する必要があるのです。
効果的な債権回収の例
支払督促の効果が限定的であるとはいえ、すべての場合に無意味というわけではありません。たとえば、時効成立間際の債務者に対する督促は、非常に意義があります。多くの債務者は、時効の知識を持たないか、あるいは「時効を待てばよい」と考えながらも、法的リスクを恐れています。時効完成直前に弁護士名で督促を行えば、「まだ諦めていない」という強い意思を伝えられ、支払や和解の可能性を引き出せます。
また、給与収入がある債務者や自営業者に対しては、支払原資が存在するため、粘り強く督促を続ける価値があります。とくに中小企業経営者は、取引先との関係や評判を気にする傾向があるため、法的手続きに進む前に交渉の余地が生まれやすいです。
一方で、急な失職などで一時的に支払不能となった債務者に対しては、督促のタイミングが重要です。失業直後に強く督促しても逆効果になりがちですが、再就職が決まったタイミングを見計らってアプローチすると、支払意欲を回復させやすくなります。つまり、債務者の環境変化を敏感に察知することが、効果的な債権回収の鍵になります。
結局のところ、支払督促の効果は相手の状況に依存します。同じ内容の通知を送っても、受け取る側の経済状況・心理状態・社会的立場によって反応はまったく異なります。重要なのは、「誰に」「いつ」「どのように」送るかという戦略であり、それを考慮しない定型的な督促は、かえって企業の信頼を損なう結果にもなりかねません。
債務者の状況確認に手間とコストをかけよう
支払督促の効果が相手の状況に依存する以上、最も重視すべきは債務者の現状を正確に把握することです。債務者の状況を確認するためには手間もコストもかかりますが、その投資こそが効果的な債権回収の出発点となります。
まず、支払が遅れ始めた段階で迅速にアプローチすることが重要です。遅延が短期であれば、「うっかり」や「事務的なミス」が原因であることも多く、早期に確認すれば容易に解決できます。ところが、放置すると状況は急速に悪化します。債務者が資金繰りに行き詰まり、連絡が取りづらくなった段階では、通常の手段では情報も入手困難になります。
連絡が取れなくなった債務者に対しては、速やかに電話番号や住所の変更を調査することが不可欠です。住民票や登記情報、SNSの公開情報などを通じて現状を把握し、再アプローチの糸口を探すべきです。また、取引先の関係者や共同事業者など、周囲の情報源から間接的に動向を知ることも有効です。
そして何より大切なのは、債務者の状況に応じて柔軟に対応することです。すぐに全額支払えない場合でも、分割払いや一部弁済などの現実的な提案を受け入れることで、関係を断ち切らずに済むケースがあります。逆に、支払原資がなく返済の見込みがない場合には、訴訟や差押えに進むよりも、損失処理を検討する方が合理的な判断となることもあります。
このように、画一的・マニュアル的な債権回収では、もはや現代社会に通用しません。人々の生活や経済状況が多様化する中で、相手の現実に合わせた対応が不可欠です。債務者を「データ」として扱うのではなく、「個別の事情を持つ人」として理解する姿勢こそ、真に現代的な債権回収の基礎といえるでしょう。
まとめ
事務的な支払督促は、かつて有効な回収手段でした。しかし今や、社会環境・情報環境・生活構造の変化によって、その効果は急速に薄れつつあります。封書を送りつけるだけの回収では、支払意思を喚起することは難しく、むしろ企業イメージを損なうリスクすらあります。
これからの債権回収は、「誰に・どのタイミングで・どんな方法で」行うかという戦略性が問われます。弁護士の活用も、その一手段として位置づけるべきであり、万能の解決策ではありません。最も重要なのは、債務者の状況を把握し、それに応じた柔軟な対応をとることです。
事務的な支払督促は、効率的に見えて実は非効率です。債務者の心理や生活実態に目を向けた対応こそが、これからの時代に求められる「現代的な債権回収」です。
当センターでは従前のマニュアル的な債権回収ではなく、会計的見地も含めた柔軟で合理的な債権回収体制の構築をご提案いたします。下記よりお気軽にご相談ください。

当センターは、弁護士・公認会計士・中小企業診断士・CFP®・ITストラテジストなどの資格を持つセンター長・杉本智則が所属する法律事務所を中心に運営しています。他の事務所との連携ではなく、ひとつの窓口で対応できる体制を整えており、複雑な問題でも丁寧に整理しながら対応いたします。
窓口を一本化しているため、複数の専門家に繰り返し説明する必要がなく、手間や時間を省きながら、無駄のないスムーズなサポートをご提供できるのが特長です。
大阪府を拠点に、東京、神奈川、愛知、福岡など幅広い地域のご相談に対応しており、オンラインでのご相談(全世界対応)も可能です。地域に根ざした対応と、柔軟なサポート体制で、皆さまのお悩みに親身にお応えいたします。
初回相談は無料、事前予約で夜間休日の相談にも対応可能です。どうぞお気軽にご相談ください。
リモートワーク選好の理由が社員定着のカギ

リモートワークの可否が退職判断の決定打に
リモートワークという働き方は、コロナ禍を契機に一気に普及しました。当初は感染防止のための臨時措置として始まりましたが、その後、出社が再開しても「在宅勤務を続けたい」という社員が一定数存在し、今ではリモートワークの可否が転職や退職の判断基準にまでなっています。実際、ある調査によると「リモートワークが認められない場合は転職を検討する」と答えた社員が全体の4割を超えています。特に若手層や子育て世代では、勤務形態の柔軟性を重視する傾向が顕著です。
確かに、リモートワークには一長一短があります。企業側から見ると、在宅勤務を許可すれば業務管理が難しくなり、成果の把握やチームの一体感維持に課題が生じます。社員の自宅環境にばらつきがあるため、オンライン会議の通信トラブルや情報漏洩リスクも無視できません。オフィス賃料を削減できる一方で、IT機器やセキュリティ対策の費用が増加するという側面もあります。
それでも社員がリモートワークを望むのは、単なる利便性の問題ではなく、自分のライフスタイルに合わせて働けるという「裁量と尊重の象徴」として捉えているからです。仕事の成果さえ出していれば、働く場所や時間は自由でよいという考え方は、特にミレニアル世代以降では常識になりつつあります。
つまり、リモートワークは単なる制度ではなく、「社員を信頼しているかどうか」を測る試金石でもあります。これを認めるか否かが、社員にとって会社への信頼感や満足度を左右し、その結果として離職率にも大きな影響を与えています。
通勤しなくてよい
リモートワークを希望する理由として最も多く挙げられるのが「通勤しなくてよいこと」です。朝の満員電車に揺られ、長時間をかけてオフィスへ向かうことは、肉体的にも精神的にも大きな負担です。特に都市部では片道1時間以上の通勤が当たり前という人も多く、往復で2時間、週5日働けば月に40時間近くを通勤に費やす計算になります。その時間を休息や家族との時間、あるいは趣味の活動に充てられるという点は、リモートワークの大きな魅力です。
また、通勤がなくなることで、出勤前の慌ただしい準備から解放され、朝の時間をより有効に使えるようになります。仕事を始める前に軽い運動や読書をするなど、精神的な余裕を持つことで生産性が上がるという意見も多く聞かれます。さらに、通勤によるストレスが減ることで、心身の健康にも良い影響を与えます。
一方、企業側にも副次的なメリットがあります。社員の通勤費が削減できることや、オフィスの使用頻度が下がることで、将来的にオフィススペースを縮小し固定費を削減できる可能性もあります。
ただし、通勤負担を軽減する方法はリモートワークだけではありません。たとえば時差出勤制度を導入すれば、ラッシュ時間を避けて通勤できますし、フレックスタイム制を採用すれば、個人の生活リズムに合わせた出勤が可能です。また、郊外や地方にサテライトオフィスを設け、社員が自宅近くで働けるようにする企業も増えています。
つまり、社員のストレスの大部分を占める「通勤」という課題をどう減らすかが、働き方改革の大きな焦点であり、その解決策の一つがリモートワークです。
子育てと両立できる
子育てと仕事の両立を支援することは、どの企業にとっても喫緊の課題です。特に出産や育児を経て職場復帰を望む女性社員にとって、リモートワークの存在は働き続けるための大きな支えになります。出勤に時間を割かず、自宅で子どもの様子を見ながら働けることで、安心感と柔軟性の両方を得られます。
たとえば、幼稚園や保育園に通う前の子どもを育てている母親にとって、在宅勤務は理想的な環境です。突発的な体調不良や送迎のタイミングに対応しやすく、仕事と家庭の両立がしやすくなります。これにより、復職をためらっていた人が働き続けられるようになるという効果も見られます。
また、子育て中の社員が職場に復帰する際に最も不安を感じるのが「他の社員に迷惑をかけるのでは」という心理的負担です。リモートワークであれば、急な中抜けや早退にも柔軟に対応できるため、このストレスを大幅に軽減できます。結果として、離職を防ぐだけでなく、企業に対する忠誠心や感謝の気持ちを育てることにもつながります。
もっとも、終日の在宅勤務が必ずしも最適とは限りません。家庭内の雑事が気になって集中できないという人もいます。そのため、午前中はオフィスで打ち合わせや会議を行い、午後は自宅で資料作成に集中するなど、ハイブリッド型の勤務を導入する企業も増えています。
子育て支援を制度として整えることは、企業のイメージ向上にもつながります。採用市場では「リモートワーク可」が求人の魅力要素となっており、優秀な人材を引きつける要因となっています。
飲み会なし、上司に気兼ね必要なし
リモートワークを望む理由の中には、人間関係に起因するものも多く含まれています。とくに「会社の飲み会に参加したくない」「上司に気を使いたくない」という声は少なくありません。昭和的な社風が根強く残る企業では、仕事以外の場でも上下関係が強調され、プライベートな時間が侵食されることがあります。リモートワークではそうした強制的な付き合いが発生しにくく、心理的な自由度が高まるという点が評価されています。
また、職場では「上司が残っているから自分も帰れない」といった空気が漂うことも多く、これが長時間労働の温床になっています。リモートワークでは、他人の退勤状況を意識せずに済むため、仕事の区切りを自分でつけやすくなります。こうした“見えない圧力”から解放されることで、ストレスの軽減や生産性の向上につながるのです。
しかし、本来これは勤務形態以前の問題であり、組織文化そのものに起因しています。企業がリモートワークに頼らずとも働きやすい職場をつくるためには、まず上司の意識改革が欠かせません。飲み会を任意参加にする、残業を美徳としない文化を根付かせるといった取り組みが必要です。
リモートワークを導入した結果、コミュニケーションが減り、チームの結束が弱まると懸念する声もありますが、それは物理的距離の問題ではなく、マネジメントの質の問題です。日常的に信頼関係を築けていれば、オンラインでも十分な協働は可能です。
つまり、リモートワークの普及が示したのは「社員が嫌がっているのは在社そのものではなく、旧来型の組織文化」であるという事実です。これを直視し、働く環境の精神的ストレスを取り除く努力こそ、定着率向上の第一歩です。
リモートワーク希望は一部口実。工夫で対処できることはある
もちろん、すべての企業がリモートワークを導入できるわけではありません。製造業や物流業、医療・介護といった現場重視の業種では、在宅勤務そのものが不可能です。また、情報管理の厳しい金融業や公的機関などでは、セキュリティリスクが高いため慎重にならざるを得ません。こうした企業では、「リモートワークができない=働きにくい」と思われないよう、別の角度から柔軟性を確保する工夫が求められます。
リモートワークを希望する理由の多くは、実は職場環境の改善によって代替可能です。たとえば通勤負担は、サテライトオフィスや勤務地の自由化によって軽減できます。子育てとの両立は、フレックスタイム制や時間単位の有給制度によっても対応できます。また、人間関係のストレスについては、職場文化の見直しとマネジメント研修によって解決が可能です。
つまり、社員がリモートワークを望む背景には「柔軟に働きたい」「無駄な拘束を減らしたい」というシンプルな願いがあります。企業はその本音を理解し、制度面・文化面の両側から働きやすさを追求すれば、リモートワークを導入しなくても同等の満足度を実現できます。
加えて、企業は「リモートワークを認めない=非効率」という誤解を避けるためにも、対話を重ねることが重要です。社員の声を定期的にヒアリングし、自社に合った働き方を模索する姿勢を示すことで、「理解のある会社」として信頼を得られます。結果として、社員の定着率が高まり、採用競争力の向上にもつながるのです。
まとめ
リモートワークの人気の背景には、単に「家で働きたい」という表面的な理由ではなく、「自分の時間を大切にしたい」「自由に働きたい」という根源的な欲求があります。社員にとってそれは、仕事の生産性以上に、精神的な安心や尊重を象徴するものです。
一方で、企業が抱く「生産性が落ちるのでは」「統制が取れないのでは」という不安も理解できます。重要なのは、リモートワークを一律に良し悪しで判断するのではなく、社員がなぜそれを望むのかを丁寧に把握し、その理由を満たすための環境を整えることです。通勤の負担軽減、子育て支援、職場文化の改善など、社員の働きやすさを支える仕組みを多角的に検討することで、定着率は着実に高まります。
リモートワークを通じて浮かび上がったのは、「社員の自由をどこまで尊重できるか」という経営の姿勢です。信頼と自律を軸にした職場づくりこそが、これからの企業競争力を左右するでしょう。社員が「この会社なら自分の人生と両立できる」と思える環境を整えることこそ、真の意味での働き方改革なのです。

当センターは、弁護士・公認会計士・中小企業診断士・CFP®・ITストラテジストなどの資格を持つセンター長・杉本智則が所属する法律事務所を中心に運営しています。他の事務所との連携ではなく、ひとつの窓口で対応できる体制を整えており、複雑な問題でも丁寧に整理しながら対応いたします。
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新型ハラスメントには社内でこう対応せよ

様々な新型ハラスメント
ハラスメントという言葉が社会で一般化して久しいですが、かつてはセクシュアルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)が中心的な議論の対象でした。ところが近年、職場環境や働き方の変化に伴い、その範囲は驚くほど拡大しています。たとえば「フキハラ(不機嫌ハラスメント)」は、上司や同僚がいつも不機嫌な態度で接することで、周囲が気を遣い萎縮してしまう状況を指します。「テレハラ(テレワーク・ハラスメント)」は、リモート勤務中にカメラのオン・オフを強要したり、勤務時間外に私的な連絡を繰り返すなど、テレワーク特有の問題です。また、「オワハラ(就活終われハラスメント)」や「スメハラ(スメルハラスメント)」のように、業務とは直接関係のない領域にまでハラスメントの概念が拡大しています。
このように新型ハラスメントが次々に登場する背景には、働く人々の価値観や感受性の多様化があります。昔は「それくらい我慢するのが社会人」とされていたことでも、現代では精神的な負担として受け止められることが増えています。特にSNSの普及によって、他社で起きた事例が瞬時に広まり、「あれもハラスメントらしい」「これも問題だ」と認識が広がりやすくなりました。
企業としては、こうした社会の変化を無視するわけにはいきません。ハラスメントの放置は、従業員の離職、職場の士気低下、ひいては企業の評判悪化につながるリスクがあります。一方で、全ての行為をハラスメントとして取り締まるのも現実的ではありません。何を「問題行為」として定義し、どこまで対応するかという線引きは、企業ごとに異なる慎重な判断が必要です。本稿では、この複雑な問題に対して、企業がどのように現実的かつ誠実に社内対応を進めるべきかを、段階的に考えていきます。
程度や受け止め方の問題も
企業の中では、しばしば「誰が成果を上げているか」「どの部下が成長していないか」といった話題が自然に出ます。チームの成績を上げるための意見交換が、気づけば特定の社員への陰口や批判に発展してしまうことがあります。そして、それを耳にした本人や第三者が「これはハラスメントだ」と感じるケースは少なくありません。
ここで難しいのは、「悪口」と「正当な指摘」の線引きが非常に曖昧なことです。たとえば「彼は仕事が遅い」という一言も、指導の一環であれば問題ありませんが、場の空気や言い方次第では侮辱的に受け取られます。相手の表情、声のトーン、発言の頻度、文脈など、細かい要素によって印象は大きく変わるのです。しかも、人によって耐性や感じ方も違います。同じ言葉でも笑って受け流せる人もいれば、深く傷ついてしまう人もいます。つまり、ハラスメントの判断は、客観的な基準よりも主観の要素が強く、非常に繊細です。
ただし、こうした問題に対し、企業が「一切の悪口を禁止する」「会話を録音して監視する」といった過剰な対応をとれば、今度は社員が萎縮し、職場の活気を失う恐れがあります。職場とは、人が集まり、時には愚痴も交わしながら仕事を進める場所です。すべてを制限してしまえば、自由な発想や人間的な交流が失われてしまいます。
重要なのは、「程度」と「頻度」、そして「対象の限定性」です。特定の人を繰り返し名指しで批判したり、会話の大半が誰かの否定ばかりになっているようであれば、それはもはや健全な職場とは言えません。そうした空気を察知した時点で、管理職は介入し、コミュニケーションの健全化を図る必要があります。このように、悪口に関する問題は、単なる言葉の問題にとどまらず、職場全体の雰囲気づくりと密接に関わる課題です。
何が嫌なのか
ハラスメント対応の基本は、被害者の「嫌だ」という感情を出発点とすることです。たとえ加害者に悪意がなくても、受け手が苦痛を感じた時点で、ハラスメントと認定される可能性があります。これはセクシュアルハラスメントの基本的な考え方であり、現代のハラスメント全般に共通する視点です。
ただし、職場で働くということは、ある程度の精神的負担を伴うものでもあります。仕事上の叱責、プレッシャー、ミスの指摘など、誰もが少なからず嫌な思いを経験します。ここで大切なのは、「その嫌なことが、業務上避けられない指導か、それとも不要な精神的圧迫か」を冷静に見極めることです。つまり、嫌という感情があっても、それが全てハラスメントに該当するわけではありません。
また、新型ハラスメントの多くは、他社で起きたトラブルから命名されたものであり、必ずしも自社でも同じ構造が当てはまるとは限りません。企業が取るべき姿勢は、「他社が問題にしたから自社も同じ対応を」と安易に追随することではなく、自社の職場文化と人間関係の中で何が問題なのかを独自に見極めることです。
従業員の中には、自分がなぜ不快に感じているのかを言葉にできない人もいます。そのため、企業側が「どんな場面で、どんな気持ちになったのか」を丁寧に聞き取ることが必要です。「あいつは神経質だ」「一人だけ文句が多い」といった決めつけで片づけてしまえば、問題の根が見えないまま不満だけが蓄積します。人が何に苦痛を感じるかは千差万別です。その多様性を理解し、苦痛の原因をきちんと把握することが、ハラスメント対応の第一歩です。
苦痛があるなら解消を試みる
従業員の苦痛がどこにあるのかを把握したら、次はその苦痛をどうすれば減らせるかを検討する段階に入ります。このときに大切なのは、「すぐに完璧な解決を求めない」姿勢です。ハラスメント対策の本質は、問題を根絶することではなく、現実的に軽減する工夫を重ねることにあります。
たとえばフキハラ(不機嫌ハラスメント)を例にとると、「上司に不機嫌な態度をやめさせる」というのは容易ではありません。感情の制御は誰にとっても難しいものです。しかし、上司が不機嫌になるタイミングや要因を把握すれば、その時期に部下と接触させない、業務連絡を減らす、代替の報告ルートを設けるといった現実的な対応が可能です。つまり、行動を直接変えるのではなく、「接触機会」や「環境」を工夫することで、摩擦を減らす方向に持っていくわけです。
また、悪口ハラスメントのように会話内容を統制するのは現実的に難しく、監視社会のような職場を作ってしまえば逆効果です。そのため、社員同士が互いに配慮しあえる文化を育てる方が長期的には効果的です。具体的には、定期的な意見交換会や心理的安全性に関する研修を設けることで、職場の空気を少しずつ変えていくことができます。
さらに、対策を講じる際には「費用対効果」も無視できません。莫大なコストをかけて監視システムを導入するよりも、小さな調整で職場の雰囲気が改善することも多いのです。ハラスメント対策は決して無理をするものではなく、「実行可能な範囲で苦痛を減らす工夫」を積み重ねることに意味があります。小さな変化でも従業員が「会社は自分の声を聞いてくれている」と感じれば、それだけで信頼関係は大きく前進します。
申告に対してゼロ回答しない
従業員からの不満やハラスメント申告は、経営層が普段気づけない組織の問題を知る絶好の機会です。にもかかわらず、上司が「そんなの気にするな」「大したことない」と取り合わず放置してしまうケースが後を絶ちません。このような対応、いわゆる「ゼロ回答」は最悪の結果を招きます。申告をした本人は、「会社に言っても無駄だ」と感じ、今後は黙って我慢するようになります。その沈黙が積み重なると、自然退職やサイレント退職(働いてはいるが意欲を失う状態)が増え、組織の活力が失われていきます。
対照的に、企業が申告を真摯に受け止める姿勢を示せば、従業員の信頼は大きく高まります。仮にすぐに解決できない問題であっても、「今後の対応を検討する」「調査を行う」「改善策を探している」といったリアクションを明示するだけで、安心感は格段に違います。社員は「自分の声が届いた」と実感できることが最も重要です。
また、対応を担当する人材にも配慮が必要です。相談担当者が加害者と近い立場にあったり、感情的な対応をすれば、公正性が疑われてしまいます。第三者的な視点を持つ総務部や外部カウンセラーを窓口にするなど、制度設計そのものも信頼性の鍵を握ります。
さらに、申告後に報復や人間関係の悪化が起きないよう、情報管理の徹底も不可欠です。相談したこと自体が不利益につながるようでは、誰も声を上げなくなります。企業がこの点にまで注意を払い、誠実な姿勢を見せることが、長期的な職場安定につながります。
まとめ
新型ハラスメントは、社会の変化とともに次々と形を変えています。企業はそのすべてに一律の対応をとることはできませんが、少なくとも「従業員が何に苦痛を感じているのか」を丁寧に把握する努力は怠ってはなりません。表面的なルール整備よりも、現場で実際に起きている不満や違和感を拾い上げる姿勢こそが、真のハラスメント対策の基礎です。
そして、把握した苦痛には、可能な限り現実的な方法で解消を試みることが求められます。完璧な制度を作ろうとするよりも、現場の知恵と柔軟な工夫を積み上げていくほうが、結果として大きな効果を生みます。何より大切なのは、従業員からの声に「ゼロ回答」をしないこと。どんなに些細な意見でも軽視せず、誠実に対応する企業姿勢が、信頼と安心を築く基礎となります。
新型ハラスメント対策とは、単にリスクを避けるための防衛策ではありません。むしろ、従業員一人ひとりの感情に耳を傾け、誰もが安心して意見を述べられる職場文化を育てる取り組みです。これを通じて企業は、健全で風通しのよい組織へと進化していくことができます。
当センターでは、御社内のハラスメントを効果的に軽減する取り組みの支援も行っております。下記よりお気軽にご相談ください。

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窓口を一本化しているため、複数の専門家に繰り返し説明する必要がなく、手間や時間を省きながら、無駄のないスムーズなサポートをご提供できるのが特長です。
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支払困難な取引先に対する金銭以外の債権回収方法

お金のない企業が最強だと言われるが・・
経済社会においては、「お金のない企業が最強だ」と皮肉交じりに語られることがあります。これは、取引先に債務不履行が生じても、そもそも資金が存在しなければ回収のしようがないという現実を指しています。法的に請求権を持っていても、差し押さえられる財産や口座に資金がなければ、実際の回収は不可能に近いからです。その意味では、資金力のない企業に対しては債権者が泣き寝入りせざるを得ないケースが一定数存在しています。
しかし、だからといって本当に回収の道が閉ざされているわけではありません。企業が活動を続けている以上、最低限のキャッシュフローは存在しているはずです。従業員への給与支払い、仕入代金の支払い、光熱費や通信費の支出など、日常的な資金の出入りがなければ事業そのものが成り立たないからです。そこに目を付ければ、債権の一部でも回収に結びつけられる可能性があります。
また、必ずしも金銭を直接的に抑えることだけが債権回収の手段ではありません。金銭に代わる何らかの価値を持つ資産やサービスを通じて回収を進める方法もあります。取引先が持っている設備や在庫、あるいは取引先が提供可能な役務を代替手段とすることによって、間接的に回収の実効性を確保する試みが必要です。
つまり、金銭の欠如が即「回収不能」を意味するわけではなく、工夫次第でいくつもの選択肢が残されています。そこで本稿では、その中でも特に金銭以外の手法に焦点を当て、いくつかの有効な回収策について解説していきたいと思います。
保証・担保
取引先が支払困難な場合でも、保証や担保を設定することにより回収の可能性を広げることができます。まず、代表者個人の連帯保証を付与してもらう方法が考えられます。企業に資産がなくとも、代表者個人に不動産や預貯金などの財産がある場合には、そこから弁済を受けられる可能性があるからです。保証契約を通じて法人格の壁を超えて責任を負わせることは、古くから用いられてきた手法です。
また、取引先が所有する財産を担保に取る方法も有効です。在庫商品や機械設備、不動産権利など換価価値のある財産があれば、それを担保に設定し、弁済が滞った際に実際に換価することによって回収が可能になります。特に不動産担保や動産譲渡担保は、実務上も広く利用されてきました。
しかし、このような保証や担保には留意すべき制約も存在します。たとえば、中小企業が倒産する場面では、経営者保証ガイドラインに基づき、一定条件を満たした場合に代表者保証の解除が求められることがあります。債権者としても、保証が絶対的に機能するとは限らない現実を理解しておく必要があります。また、担保に取った財産も、債務者が勝手に処分してしまうリスクがあります。仮に担保権を設定していたとしても、換価の手続きには時間と費用がかかるため、必ずしもスムーズに債権回収につながるとは限りません。
したがって、保証や担保は有力な手段であるものの、万能ではありません。交渉段階からしっかりと法的効力を持つ契約を結び、状況の変化に備えて柔軟に対応できるよう準備しておくことが不可欠です。
労務の提供
金銭の支払いが困難な取引先に対しては、労務の提供を代替手段とする方法も考えられます。通常、企業間取引では代金は金銭で支払われることが前提となっていますが、必ずしも現金に限定されるわけではなく、契約次第では労務やサービスの提供で弁済することも可能です。
例えば、従業員による労務提供を代替弁済とする方法があります。たとえば、会社に損害を与えた従業員が金銭での賠償を行えない場合に、低額の時給で勤務を継続させ、その通常賃金との差額を損害賠償に充てるという手法です。ただし、このような形態は強制労働とみなされるリスクがあり、労働基準法や民法の制約を受けるため、必ず専門家の助言を得ながら慎重に進めなければなりません。
また、取引先が運輸業や倉庫業、清掃業などを営んでいる場合、自社の必要とするサービスを割安で受け、その分を債務弁済とみなすことも可能です。現物での支払いと似ていますが、サービスの供給を受ける点で異なります。特に物流や保管などの業務は他社に委託するケースが多く、こうした代替弁済は比較的導入しやすいといえるでしょう。
ただし、労務提供による弁済は、金銭回収に比べて明確な評価が難しく、のちのトラブルに発展しやすい点も見逃せません。どの程度のサービス提供で、いくらの債務が消滅したのか、契約書や覚書で詳細に定めることが必要です。こうした前提をクリアすれば、労務の提供は現実的な代替回収策として有効に機能します。
相殺
債権回収の手法の一つに「相殺」があります。これは、債権者が取引先に対して債務も有している場合に、互いの債権債務を差し引いて精算する方法です。特に取引先との間で継続的な取引関係がある場合には、この方法が現実的かつ有効に機能します。
例えば、自社が取引先から商品やサービスを購入して代金を支払う義務がある一方で、取引先が未払いの代金を抱えている場合、双方を相殺することで実質的な回収を果たせます。この仕組みを応用すれば、取引先が資金を直接持っていなくても、実務上のやり取りの中で債権を消し込むことができます。
相殺のメリットは、現金回収に比べて迅速かつ低コストである点です。裁判所を介さずとも契約関係の中で処理できるため、手続きの負担も少なく済みます。また、取引先に過度の負担をかけずに自然な形で回収が進むため、関係性を大きく損なわずに済む可能性があることも利点です。
一方で、相殺には一定の制約があります。まず、不法行為に基づく損害賠償債権と、通常の債務を相殺することは認められないケースがあるため注意が必要です。また、債権の性質によっては相殺適状に該当しない場合もあるため、事前に法的に確認することが必要です。また、取引先が倒産手続きに入ると、相殺権の行使が制限される場面もあり得ます。
このように、相殺は使い方を誤ると無効になったりトラブルを招いたりするおそれがありますが、適切に行えば非常に強力な回収手段となります。契約上の債権債務を丁寧に洗い出し、相殺が可能かどうかを判断することが、実務上重要になります。
敷金の差押えは最終手段
差し押さえるべき財産が見当たらない企業であっても、事業所の敷金という資産を保有しているケースは多いものです。自社ビルで事業を営んでいない限り、多くの企業は賃貸オフィスを利用しており、入居時には敷金を大家に預けています。この敷金は債権者にとって差押えの対象となり得る財産です。
もっとも、敷金の差押えはあくまで「最後の手段」と位置づけるべきです。なぜなら、敷金は原則として退去時に返還されるものであり、差し押さえてもすぐに資金化できるわけではありません。しかも、退去時には原状回復費用などが差し引かれるため、実際に戻ってくる金額は予想よりも大幅に少なくなることが多いのです。さらに、取引先が夜逃げ同然で退去するような事態になれば、大家が未払い賃料に充当してしまい、返還される敷金はほとんどゼロに近づきます。
加えて、敷金を差し押さえたことによって、大家がその企業の経営状態を不審に感じ、契約関係に悪影響を及ぼす可能性もあります。場合によっては、退去を促され、結果的に取引先が廃業に追い込まれるリスクすらあります。そうなれば、債権者としても継続的な取引機会を失い、長期的には不利益につながりかねません。
したがって、敷金の差押えは「確かに使えるが、慎重さを要する手段」であるといえます。強行する前に、他の方法での回収可能性を十分に検討し、それでも選択肢が残されていない場合に限って行使するのが賢明です。
まとめ
支払困難な取引先から債権を回収するのは容易ではありません。資金の乏しい企業は差押えの対象となる財産が少なく、「お金のない企業が最強」と揶揄される状況を生み出します。しかし、だからといって完全に諦める必要はなく、工夫次第で金銭以外の形で回収の道を探ることが可能です。
保証や担保を用いて代表者や資産を押さえる方法、労務やサービスの提供を受けて代替弁済とする方法、双方の債権債務を相殺する方法、さらには敷金の差押えといった手法があります。それぞれに長所と制約があり、万能ではありませんが、状況に応じて適切に組み合わせれば、回収の可能性を高められます。
重要なのは、感情的に「支払えない相手からは何も取れない」と諦めるのではなく、冷静に相手の資産や事業実態を分析し、法的に許容される範囲で最適な手法を模索する意識です。金銭以外の手段を検討することは、結果的に自社のリスク管理能力を高め、将来の債権トラブルにも備えることにつながります。
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