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様々な新型ハラスメント
ハラスメントという言葉が社会で一般化して久しいですが、かつてはセクシュアルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)が中心的な議論の対象でした。ところが近年、職場環境や働き方の変化に伴い、その範囲は驚くほど拡大しています。たとえば「フキハラ(不機嫌ハラスメント)」は、上司や同僚がいつも不機嫌な態度で接することで、周囲が気を遣い萎縮してしまう状況を指します。「テレハラ(テレワーク・ハラスメント)」は、リモート勤務中にカメラのオン・オフを強要したり、勤務時間外に私的な連絡を繰り返すなど、テレワーク特有の問題です。また、「オワハラ(就活終われハラスメント)」や「スメハラ(スメルハラスメント)」のように、業務とは直接関係のない領域にまでハラスメントの概念が拡大しています。
このように新型ハラスメントが次々に登場する背景には、働く人々の価値観や感受性の多様化があります。昔は「それくらい我慢するのが社会人」とされていたことでも、現代では精神的な負担として受け止められることが増えています。特にSNSの普及によって、他社で起きた事例が瞬時に広まり、「あれもハラスメントらしい」「これも問題だ」と認識が広がりやすくなりました。
企業としては、こうした社会の変化を無視するわけにはいきません。ハラスメントの放置は、従業員の離職、職場の士気低下、ひいては企業の評判悪化につながるリスクがあります。一方で、全ての行為をハラスメントとして取り締まるのも現実的ではありません。何を「問題行為」として定義し、どこまで対応するかという線引きは、企業ごとに異なる慎重な判断が必要です。本稿では、この複雑な問題に対して、企業がどのように現実的かつ誠実に社内対応を進めるべきかを、段階的に考えていきます。
程度や受け止め方の問題も
企業の中では、しばしば「誰が成果を上げているか」「どの部下が成長していないか」といった話題が自然に出ます。チームの成績を上げるための意見交換が、気づけば特定の社員への陰口や批判に発展してしまうことがあります。そして、それを耳にした本人や第三者が「これはハラスメントだ」と感じるケースは少なくありません。
ここで難しいのは、「悪口」と「正当な指摘」の線引きが非常に曖昧なことです。たとえば「彼は仕事が遅い」という一言も、指導の一環であれば問題ありませんが、場の空気や言い方次第では侮辱的に受け取られます。相手の表情、声のトーン、発言の頻度、文脈など、細かい要素によって印象は大きく変わるのです。しかも、人によって耐性や感じ方も違います。同じ言葉でも笑って受け流せる人もいれば、深く傷ついてしまう人もいます。つまり、ハラスメントの判断は、客観的な基準よりも主観の要素が強く、非常に繊細です。
ただし、こうした問題に対し、企業が「一切の悪口を禁止する」「会話を録音して監視する」といった過剰な対応をとれば、今度は社員が萎縮し、職場の活気を失う恐れがあります。職場とは、人が集まり、時には愚痴も交わしながら仕事を進める場所です。すべてを制限してしまえば、自由な発想や人間的な交流が失われてしまいます。
重要なのは、「程度」と「頻度」、そして「対象の限定性」です。特定の人を繰り返し名指しで批判したり、会話の大半が誰かの否定ばかりになっているようであれば、それはもはや健全な職場とは言えません。そうした空気を察知した時点で、管理職は介入し、コミュニケーションの健全化を図る必要があります。このように、悪口に関する問題は、単なる言葉の問題にとどまらず、職場全体の雰囲気づくりと密接に関わる課題です。
何が嫌なのか
ハラスメント対応の基本は、被害者の「嫌だ」という感情を出発点とすることです。たとえ加害者に悪意がなくても、受け手が苦痛を感じた時点で、ハラスメントと認定される可能性があります。これはセクシュアルハラスメントの基本的な考え方であり、現代のハラスメント全般に共通する視点です。
ただし、職場で働くということは、ある程度の精神的負担を伴うものでもあります。仕事上の叱責、プレッシャー、ミスの指摘など、誰もが少なからず嫌な思いを経験します。ここで大切なのは、「その嫌なことが、業務上避けられない指導か、それとも不要な精神的圧迫か」を冷静に見極めることです。つまり、嫌という感情があっても、それが全てハラスメントに該当するわけではありません。
また、新型ハラスメントの多くは、他社で起きたトラブルから命名されたものであり、必ずしも自社でも同じ構造が当てはまるとは限りません。企業が取るべき姿勢は、「他社が問題にしたから自社も同じ対応を」と安易に追随することではなく、自社の職場文化と人間関係の中で何が問題なのかを独自に見極めることです。
従業員の中には、自分がなぜ不快に感じているのかを言葉にできない人もいます。そのため、企業側が「どんな場面で、どんな気持ちになったのか」を丁寧に聞き取ることが必要です。「あいつは神経質だ」「一人だけ文句が多い」といった決めつけで片づけてしまえば、問題の根が見えないまま不満だけが蓄積します。人が何に苦痛を感じるかは千差万別です。その多様性を理解し、苦痛の原因をきちんと把握することが、ハラスメント対応の第一歩です。
苦痛があるなら解消を試みる
従業員の苦痛がどこにあるのかを把握したら、次はその苦痛をどうすれば減らせるかを検討する段階に入ります。このときに大切なのは、「すぐに完璧な解決を求めない」姿勢です。ハラスメント対策の本質は、問題を根絶することではなく、現実的に軽減する工夫を重ねることにあります。
たとえばフキハラ(不機嫌ハラスメント)を例にとると、「上司に不機嫌な態度をやめさせる」というのは容易ではありません。感情の制御は誰にとっても難しいものです。しかし、上司が不機嫌になるタイミングや要因を把握すれば、その時期に部下と接触させない、業務連絡を減らす、代替の報告ルートを設けるといった現実的な対応が可能です。つまり、行動を直接変えるのではなく、「接触機会」や「環境」を工夫することで、摩擦を減らす方向に持っていくわけです。
また、悪口ハラスメントのように会話内容を統制するのは現実的に難しく、監視社会のような職場を作ってしまえば逆効果です。そのため、社員同士が互いに配慮しあえる文化を育てる方が長期的には効果的です。具体的には、定期的な意見交換会や心理的安全性に関する研修を設けることで、職場の空気を少しずつ変えていくことができます。
さらに、対策を講じる際には「費用対効果」も無視できません。莫大なコストをかけて監視システムを導入するよりも、小さな調整で職場の雰囲気が改善することも多いのです。ハラスメント対策は決して無理をするものではなく、「実行可能な範囲で苦痛を減らす工夫」を積み重ねることに意味があります。小さな変化でも従業員が「会社は自分の声を聞いてくれている」と感じれば、それだけで信頼関係は大きく前進します。
申告に対してゼロ回答しない
従業員からの不満やハラスメント申告は、経営層が普段気づけない組織の問題を知る絶好の機会です。にもかかわらず、上司が「そんなの気にするな」「大したことない」と取り合わず放置してしまうケースが後を絶ちません。このような対応、いわゆる「ゼロ回答」は最悪の結果を招きます。申告をした本人は、「会社に言っても無駄だ」と感じ、今後は黙って我慢するようになります。その沈黙が積み重なると、自然退職やサイレント退職(働いてはいるが意欲を失う状態)が増え、組織の活力が失われていきます。
対照的に、企業が申告を真摯に受け止める姿勢を示せば、従業員の信頼は大きく高まります。仮にすぐに解決できない問題であっても、「今後の対応を検討する」「調査を行う」「改善策を探している」といったリアクションを明示するだけで、安心感は格段に違います。社員は「自分の声が届いた」と実感できることが最も重要です。
また、対応を担当する人材にも配慮が必要です。相談担当者が加害者と近い立場にあったり、感情的な対応をすれば、公正性が疑われてしまいます。第三者的な視点を持つ総務部や外部カウンセラーを窓口にするなど、制度設計そのものも信頼性の鍵を握ります。
さらに、申告後に報復や人間関係の悪化が起きないよう、情報管理の徹底も不可欠です。相談したこと自体が不利益につながるようでは、誰も声を上げなくなります。企業がこの点にまで注意を払い、誠実な姿勢を見せることが、長期的な職場安定につながります。
まとめ
新型ハラスメントは、社会の変化とともに次々と形を変えています。企業はそのすべてに一律の対応をとることはできませんが、少なくとも「従業員が何に苦痛を感じているのか」を丁寧に把握する努力は怠ってはなりません。表面的なルール整備よりも、現場で実際に起きている不満や違和感を拾い上げる姿勢こそが、真のハラスメント対策の基礎です。
そして、把握した苦痛には、可能な限り現実的な方法で解消を試みることが求められます。完璧な制度を作ろうとするよりも、現場の知恵と柔軟な工夫を積み上げていくほうが、結果として大きな効果を生みます。何より大切なのは、従業員からの声に「ゼロ回答」をしないこと。どんなに些細な意見でも軽視せず、誠実に対応する企業姿勢が、信頼と安心を築く基礎となります。
新型ハラスメント対策とは、単にリスクを避けるための防衛策ではありません。むしろ、従業員一人ひとりの感情に耳を傾け、誰もが安心して意見を述べられる職場文化を育てる取り組みです。これを通じて企業は、健全で風通しのよい組織へと進化していくことができます。
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