退職勧奨は正しい手順を踏んで

転職先を自分で探させるのは違法な退職勧奨

退職勧奨をめぐる問題は、近年あらためて注目を集めています。その象徴的な事例の一つが、旭化成エレクトロニクスをめぐる裁判です。この事件では、ある社員を人事部へ異動させたうえで、会社の業務に従事させることなく、自ら出向先や転職先を探すよう求めた対応が、実質的に違法な退職勧奨にあたるとして、会社側に330万円の支払いを命じる判決が出されました。
日本の労働法制では、解雇の要件が極めて厳格に定められています。客観的合理性と社会的相当性がなければ解雇は無効とされ、裁判になれば企業側が敗訴するケースも少なくありません。そのため、企業としては解雇を避け、あくまで本人の「自主的な退職」という形を取ろうとする傾向が強くなります。その結果として、退職勧奨が行われる場面は少なくありません。
しかし、退職勧奨であれば何をしても許されるわけではありません。表向きは「お願い」や「提案」であっても、実態として心理的圧迫や事実上の強制があれば、それは違法と判断される可能性があります。業務を与えずに転職活動だけを命じる、執拗に退職を迫る、応じなければ不利益を示唆するといった行為は、裁判において厳しく評価されがちです。
違法な退職勧奨が問題となった場合、企業が被るリスクは損害賠償だけにとどまりません。訴訟対応にかかるコストや人的負担に加え、報道などを通じて社会的評価が下がる、いわゆるレピュテーションリスクも無視できません。特に人事労務に関する問題は、求職者や取引先からの信頼にも直結します。
こうした背景を踏まえると、退職勧奨は「グレーゾーンで押し切る」ものではなく、法的にも実務的にも正しい手順を踏むことが不可欠です。そこで本稿では、実際の事例を手がかりにしながら、退職勧奨を行う際に企業がどのような段階を経るべきなのかを整理していきます。

退職協議が不調

報道によれば、旭化成エレクトロニクスの事案では、企業側は当該従業員に対し、退職金を含めて6000万円という高額の支払いを提示して退職を促していました。しかし、従業員はこの提案に応じず、結果として紛争は深刻化していきます。一般的な感覚からすれば、6000万円という金額は決して低いものではありません。
この金額水準から推測すると、当該従業員が相当長期間にわたり会社に勤務し、一定の実績や貢献を積み重ねてきた人物である可能性が高いと考えられます。長年在籍してきた会社に対する帰属意識や、そこで築いてきた人間関係、キャリアの連続性は、金銭だけでは簡単に代替できるものではありません。
また、6000万円という条件を提示されても退職に応じなかった点からすると、当該従業員は単に経済的条件だけで判断していたわけではなく、「この会社に在籍し続けること」そのものを重視していたと見るのが自然です。さらに、出向先や転職先を自分で探すよう求められていた状況を踏まえると、会社側の対応に強い違和感や不信感を抱いていた可能性も否定できません。
このような従業員への対応は、企業にとって非常に難しい判断を迫られる場面です。企業側としては組織運営上の都合や人員配置の問題がある一方、従業員側には長年の積み重ねがあります。ここで安易に強硬手段に出てしまうと、かえって紛争を激化させ、結果的に企業に不利な展開を招くおそれがあります。
強引な退職勧奨は、従業員の感情を逆なでするだけでなく、「会社から排除された」という意識を強く植え付けます。その結果、冷静な話し合いが困難になり、訴訟や労働審判といった法的手続に発展しやすくなります。退職協議が不調に終わった背景には、金額の多寡ではなく、手続や姿勢の問題が潜んでいることが多いです。

一般的な退職勧奨の手順

企業において「全く貢献できない従業員」は、実際にはそれほど多くありません。現在の部署では成果が出ていなくても、配置転換によって能力を発揮できる可能性は残されています。そのため、能力不足や適性の問題が指摘される従業員に対しては、まず部署異動を通じて、企業に貢献できる業務がないかを探ることが重要です。
一つの部署だけで評価を確定させるのではなく、複数の部署や役割を経験させることで、本人の適性や強みが見えてくる場合もあります。これは企業にとっても、安易に人材を失わずに済むというメリットがありますし、従業員にとっても納得感のあるプロセスになります。
こうした配置転換を経てもなお、企業に貢献できる業務が見当たらない場合には、その事実をもとに、労使双方で現状認識を共有することが必要です。感覚的な評価ではなく、どの業務で、どのような点が課題となり、どの程度の改善を試みたのかを整理したうえで、共通の理解を形成していきます。
この段階に至って初めて、退職勧奨に関する話し合いが現実的なものとなります。重要なのは、企業側が一方的に結論を押し付けるのではなく、これまでの経過を踏まえたうえで、選択肢の一つとして退職を提示する姿勢です。
旭化成エレクトロニクスの事案では、この過程で問題が生じました。本来であれば業務に従事させながら配置や役割を検討すべきところ、実質的に業務から外し、転職活動のみを行わせた点が、裁判で違法と評価されたのです。手順を一つ飛ばすことが、法的リスクを一気に高める結果につながったといえます。

要求水準と評価を丁寧に示す

日本の労働法制において、従業員の解雇は極めて困難である一方、評価に基づく処遇の変更、たとえば昇給停止や減給、昇格見送りなどは、一定の条件のもとで認められています。だからこそ、企業が評価制度をどのように設計し、どのように運用しているかは、退職勧奨の適法性を左右する重要な要素になります。
まず重要なのは、その職位や役割において「何が求められているのか」を具体的に示すことです。抽象的に「成果が足りない」「能力不足である」と伝えるだけでは、評価として不十分です。業務内容、成果指標、期待される行動水準などを明確にし、それを事前に本人へ説明しておく必要があります。要求水準が曖昧なままでは、後から評価を下げても、従業員は納得しません。
次に求められるのが、評価結果の事後的な説明です。評価は一度下したら終わりではなく、なぜその評価に至ったのか、どの点が要求水準に達していなかったのかを丁寧に説明することが不可欠です。評価シートや面談記録などを通じて、客観的な根拠を示すことが、後の紛争を防ぐことにつながります。
要求される水準から大きくかけ離れた状態が続き、評価が低いまま推移する場合、企業としてはその従業員を重要な戦力と位置付けることが難しくなります。ただし、その判断は突然下されるものではありません。評価が一段階、また一段階と下がっていく過程を可視化し、本人にその変化を認識させることが重要です。
いきなり「戦力外」と通告される従業員はいません。評価が下がっていく過程を示されることで、本人は初めて自らの立場を理解し、改善の努力をするか、将来のキャリアを考え直すかという判断に向き合うことになります。このプロセスを経ずに行われる退職勧奨は、単なる排除と受け取られやすく、強い反発を招きます。
評価制度は、退職勧奨を正当化するための道具ではありません。しかし、公正で一貫した評価の積み重ねがあって初めて、企業と従業員の間で現実的な選択肢として退職が議論できるようになります。要求水準と評価を丁寧に示す姿勢こそが、退職勧奨を適法かつ穏当なものにする基盤です。

中途採用は慎重に

近年、多くの企業において中途採用の比重が高まっています。人材不足や事業環境の変化に対応するため、経験者を即戦力として迎え入れたいという意向が強まるのは自然な流れです。しかし、この「即戦力」という言葉には、大きな落とし穴があります。
中途採用では、職歴や過去の実績、肩書きなどが重視されがちです。確かに、それらは一定の判断材料になりますが、それだけで実際の業務で成果を上げられるかどうかを判断することはできません。業界や企業が違えば、求められるスキルや仕事の進め方、価値観も大きく異なります。そのため、期待していたほどの成果が出ない、いわゆる「期待外れ」となる可能性は常に存在します。
問題は、その期待外れが判明した後です。中途採用であっても、正社員として雇用した以上、解雇や退職勧奨に関する法的制約は新卒社員と何ら変わりません。「即戦力として採用したのだから結果が出なければ辞めてもらう」という考え方は、法的には通用しないのです。
期待外れとなった場合、企業としては配置転換や教育、評価を通じた改善の機会を与える必要があります。それを経ずに安易に退職勧奨へ進めば、「採用判断の失敗を従業員に押し付けている」と評価されかねません。この点は、企業側が特に注意すべきポイントです。
だからこそ、中途採用の段階での見極めが極めて重要になります。即戦力という言葉に引きずられ、職歴やスキルだけを見るのではなく、人柄や価値観、業務に対する姿勢、学習意欲なども含めて総合的に判断する必要があります。短期的な成果だけでなく、中長期的に組織に適応し、成長していけるかどうかという視点が欠かせません。
安易な中途採用は、後に安易な退職勧奨を誘発します。採用段階で慎重な判断を行い、現実的な期待値を設定することが、結果として退職勧奨をめぐる紛争リスクを大きく下げることにつながります。中途採用を成功させることは、人事トラブルを未然に防ぐ最初の一歩でもあるのです。

まとめ

退職勧奨は、企業にとっても従業員にとっても、非常に繊細で難しいテーマです。解雇が困難な日本の労働法制のもとでは、退職勧奨が現実的な選択肢となる場面もありますが、その手法を誤れば深刻な紛争に発展します。
旭化成エレクトロニクスの事案が示すように、業務から切り離し、転職活動を事実上強制するような対応は、違法と評価されるリスクが高いものです。高額な金銭条件を提示したとしても、手続や姿勢に問題があれば、従業員の納得は得られません。
退職勧奨に至る前には、配置転換や評価の積み重ねといった段階を丁寧に踏む必要があります。要求水準を明確にし、その達成度を説明し続けることが、労使双方にとって現実を直視するための前提となります。また、中途採用の段階から慎重な判断を行うことも、将来の人事リスクを抑えるうえで重要です。
退職勧奨は「押し出す」ための手段ではなく、これまでの経過を踏まえたうえで、選択肢を提示する行為であるべきです。正しい手順を踏むことが、結果として企業を守り、従業員の尊厳を守ることにつながります。
従業員の処遇についてお困りの場合、当センターにお気軽にご相談ください。

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