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カスハラは1対1の場面で起こる
カスタマーハラスメントは、顧客と従業員が1対1で向き合う場面で発生しやすい傾向があります。もちろん、すべての顧客対応が問題につながるわけではありませんが、周囲の目がなく、第三者が介在しない状況では、一方的な要求や威圧的な言動がエスカレートしやすくなります。相手が一人しかいないという状況は、心理的にも力関係の偏りを生みやすく、従業員側も反論や相談がしにくくなるためです。
一方で、顧客も相手が複数人である場合には、同じような態度を取り続けることは容易ではありません。複数の社員がその場にいることで、言動が客観的に見られているという意識が働き、感情的な行動を抑制する効果が期待できます。そのため、カスハラは孤立した状況ほど発生しやすいという特徴を持っています。
しかし、多くの企業では営業活動や窓口業務、訪問業務などにおいて、一人で顧客対応を行うことが一般的になっています。これは人員配置の効率を高め、より多くの顧客に対応するためには合理的な方法だからです。また、担当者を固定することで連絡が円滑になり、業務のスピードも向上します。そのため、多くの企業では一人対応が当然のように定着しています。
このような業務効率を優先した体制は、カスハラという観点から見れば必ずしも望ましいとはいえません。一人で対応している社員は、強い要求や長時間の拘束を受けても助けを求めるタイミングを失いやすく、精神的な負担を一人で抱え込むことになります。その結果、業務への意欲が低下したり、離職につながったりする危険性も高まります。
企業が本当に守るべきなのは、単純な業務効率だけではありません。安心して働ける職場環境を整え、従業員が過度な負担を負わずに顧客対応を行える体制を構築することも重要な経営課題です。
そこで本稿では、カスハラを未然に防止し、従業員を守るためにはどのような組織体制や社内ルールを整備すべきなのかという点について、企業全体の仕組みづくりという視点から考えていきます。
効率が悪くても2対1で対応する
企業が顧客対応を一人の社員に任せる理由には、大きく二つあります。一つは人員を効率的に配置し、多くの顧客へ迅速に対応するためです。限られた人数で業務を回す以上、一人で対応させた方が生産性は高く見えます。もう一つは若手社員を早く成長させたいという考えです。経験を積ませることで判断力や交渉力を身に付けさせ、一人前として早期に戦力化しようとする企業は少なくありません。
しかし、この考え方は通常の顧客対応を前提としたものです。現実には理不尽な要求や執拗な苦情を受ける場面もあり、そのような経験が若手社員の成長につながるとは限りません。むしろ過度な精神的負担を受け、自信を失ってしまえば、教育効果どころか人材育成そのものが失敗に終わる危険があります。
特に近年の若い社員は、精神的な負荷に対する耐性だけで能力を評価される時代ではありません。仕事に対する価値観も多様化し、無理をしてまで働くことを当然とは考えない人も増えています。また、自分にとって意味を感じられる環境でなければ積極的に成長しようとしない傾向も見られます。そのため、理不尽な顧客対応を経験させることが教育になるという発想は見直す必要があります。
こうした事情を踏まえると、多少効率が落ちたとしても、顧客対応は可能な限り二人一組で行う体制を基本とすることが望ましいと考えられます。二人で対応すれば、顧客に対する心理的な抑止効果が期待できるだけではありません。対応内容を互いに確認できるため、説明の食い違いや認識のずれも防ぎやすくなります。また、一人が説明している間にもう一人が状況を客観的に把握できるため、冷静な判断もしやすくなります。
さらに、人材育成という観点からも二人体制には大きな利点があります。若手社員は先輩社員の説明方法や話し方、顧客との距離感、感情のコントロールなどを実際の現場で観察しながら学ぶことができます。一方的に任せるよりも、良い対応を継続的に見る機会が増えるため、教育効果はむしろ高まります。
もちろん、すべての顧客対応を二人体制にすることは現実的ではない場合もあります。しかし、初回訪問や長時間の打ち合わせ、高額取引、苦情対応など、負担が大きくなりやすい場面だけでも二人体制を基本ルールとすれば、カスハラの発生リスクは大きく低減できます。多少の効率低下を受け入れてでも社員を守るという姿勢を組織として示すことが、結果として人材定着や組織力の向上にもつながっていきます。
柔軟に担当を変える
現実の業務では、すべての顧客対応を二人体制で行うことは難しく、一人で対応せざるを得ない場面も数多く存在します。営業活動や外出先での対応、電話対応などでは、担当者が単独で顧客と向き合うことは避けられません。そのような状況では、カスハラの兆候を察知した時点で、柔軟に担当者を変更できる仕組みを整えておくことが重要になります。
ところが、多くの企業では「怒らせた本人が最後まで対応すべきだ」という考え方が根強く残っています。担当者が最後まで責任を持つこと自体は重要ですが、その考え方を過度に重視すると、感情的になった顧客との接触が長引き、双方の対立がさらに深刻化する危険があります。特に担当者自身が精神的な余裕を失っている状況では、冷静な対応が難しくなり、問題はより複雑になってしまいます。
本来、顧客対応の目的は担当者の責任を果たすことではなく、問題を適切に収束させることです。そのためには、担当者の変更を失敗や責任放棄として捉えるのではなく、組織として最適な対応を行うための手段として位置付ける必要があります。担当者を交代することによって顧客の感情が落ち着く場合も少なくなく、別の社員が対応することで話し合いが円滑に進むこともあります。
もちろん、この方法には課題もあります。対応能力の高い社員に案件が集中しやすくなり、負担の偏りが生じるからです。しかし、それでも組織全体で見れば、カスハラによる精神的被害や離職リスクを減らせるのであれば十分に検討する価値があります。一部の社員へ負担が偏らないよう担当交代のルールや役割分担を整備すれば、この問題もある程度は緩和できます。
また、担当変更を円滑に行うためには、現場の判断だけに任せるのではなく、一定の基準を社内で共有しておくことも重要です。担当者が自ら交代を申し出やすい雰囲気を作ること、上司が速やかに判断できる体制を整えること、担当交代後も必要な情報共有を確実に行うことなど、組織全体のルールとして整備することで初めて機能します。
カスハラ対策は担当者個人の努力だけでは限界があります。担当を柔軟に変更できる組織文化を育てることによって、一人の社員が問題を抱え込み続ける状況を防ぎ、組織全体で従業員を守る体制を実現することができます。
社内携帯利用のルールを作成する
営業職やサービス担当者などでは、会社から携帯電話やスマートフォンを貸与されることが一般的になっています。外出先でも連絡を取れることは業務上大きな利点があり、顧客からの問い合わせにも迅速に対応できます。そのため、多くの企業では社内携帯を常時携行し、着信があればすぐに応答することが当然という運用が行われています。
しかし、この運用方法はカスハラという視点から見ると大きな課題を抱えています。電話は対面とは異なり、相手の都合に合わせて一方的に連絡ができるため、長時間の苦情や繰り返しの電話、勤務時間外の連絡などにつながりやすくなります。担当者が常に電話へ出ることを義務付けられている場合、理不尽な要求であっても応答を続けなければならず、精神的な負担は非常に大きくなります。
深夜や休日に何度も電話がかかってくる状況や、明らかに過度な苦情を繰り返す相手への対応を続けることは、本来の業務とはいえません。それにもかかわらず、「会社の携帯だから必ず出る」「顧客対応だから断れない」という空気があると、社員は休息時間まで業務に拘束されることになります。その結果、疲労が蓄積し、通常業務にも悪影響が及びます。
本来、どのような職種であっても業務時間には一定の範囲があります。営業時間や勤務時間が定められている以上、顧客対応にも適切な時間的区切りを設けることは当然の考え方です。社内携帯を貸与するのであれば、その利用方法についても会社が明確なルールを定めなければなりません。
例えば、対応すべき時間帯を明確に定めること、勤務時間外の着信への対応基準を決めること、繰り返し電話が続く場合には上司へ引き継ぐこと、一定時間を超える電話については組織的に対応方法を見直すことなど、運用ルールを細かく整備することが重要です。ルールが曖昧なままでは、担当者自身が判断に迷い、結果として無理な対応を続けてしまいます。
さらに、ルールを作るだけでは十分ではなく、その運用状況を継続的に確認し、必要に応じて改善を繰り返すことが、実効性のあるカスハラ対策につながります。社内携帯は便利な業務ツールですが、その便利さが従業員への過度な負担へ転化しないよう、組織として適切な利用ルールを整備することが不可欠です。
AIによる検知を活用する
近年はAI技術の進歩が著しく、業務効率化だけではなく、安全管理やリスク管理の分野でも活用が進んでいます。これまで人の経験や勘に頼っていた異常の発見についても、膨大なデータを分析することによって早期に兆候を把握できるようになりつつあります。カスハラ対策においても、この技術の発展は今後大きな役割を果たすことが期待されています。
現在でも、防犯カメラの映像や通話録音、相談履歴など、多くの情報が企業には蓄積されています。こうしたデータをAIが分析できるようになれば、声の大きさや会話時間、特定の言葉の頻度、苦情の継続性などから、カスハラへ発展する可能性を早い段階で検知できるようになる可能性があります。人がすべての記録を確認することは現実的ではありませんが、AIであれば大量の情報を継続的に分析できます。
このような技術が実用化されれば、問題が深刻化する前に組織が介入できるようになります。従来は担当者が限界まで我慢し、上司へ相談した時点で初めて問題が表面化するケースも少なくありませんでした。しかしAIによる検知が進めば、担当者本人が声を上げる前から異常を把握し、必要な支援や担当変更を速やかに実施できるようになります。
さらに、蓄積されたデータを分析することで、どのような場面でカスハラが起こりやすいのか、どの部署で負担が集中しているのか、どの時間帯に問題が発生しやすいのかといった傾向も把握できます。これは単に個別案件へ対応するだけではなく、組織全体の改善にも役立ちます。経験則だけでは見えなかった課題を客観的なデータによって明らかにできる点は、AIの大きな強みといえます。
また、AIによる分析結果を管理職だけが閲覧するのではなく、組織全体の改善活動へ結び付けることも重要です。検知された情報を基にルールを見直し、人員配置を改善し、教育内容を充実させることで、同じ問題の再発を防ぐことができます。技術は導入すること自体が目的ではなく、働く人を守る仕組みへ結び付けて初めて価値を発揮します。
今後、AI技術はさらに高度化し、より正確にカスハラの兆候を把握できるようになると考えられます。企業はこうした技術を積極的に取り入れながら、早期発見と早期対応を実現する体制を整え、従業員が安心して働ける職場環境を構築していくことが求められます。
まとめ
カスタマーハラスメントは個人の対応能力だけで防げる問題ではなく、企業全体の組織体制や社内ルールによって大きく発生頻度が左右されます。そのため、担当者へ「うまく対応しなさい」と求めるだけでは十分ではなく、会社が従業員を守るための仕組みを整えることが重要です。
まず、カスハラは一対一の状況で起こりやすいという特徴を理解し、可能な限り孤立した対応を減らすことが基本となります。効率だけを重視するのではなく、二人体制による顧客対応を取り入れることで、抑止効果と教育効果の双方を期待できます。また、一人の担当者へ責任を集中させるのではなく、必要に応じて担当を柔軟に変更できる仕組みを整えることも重要です。担当交代を失敗と捉えるのではなく、問題を適切に収束させるための組織的な対応として位置付けるべきです。
さらに、社内携帯電話の利用ルールを明確に定め、対応時間や引き継ぎ基準などを制度化することによって、従業員が過度な拘束を受けることを防ぐ必要があります。そして、今後はAI技術の発展を積極的に活用し、カスハラの兆候を早期に検知して組織的な支援へ結び付けることも有効な対策となるでしょう。
企業が本当に目指すべきなのは、問題が起きてから対処することではなく、問題が大きくなる前に組織全体で防ぐことです。従業員が安心して働ける環境は、結果として顧客対応の品質向上にもつながります。業務効率だけを優先する時代から、人を守ることを前提とした組織運営へ発想を転換することこそが、これからのカスハラ対策において最も重要な視点といえるでしょう。
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